山を歩いていてイノシシに出会ったら、どうすればいいのか。畑を荒らす動物というニュースは目にしても、その体や暮らしぶりを知る機会は意外と少ないものです。
じつはイノシシは犬なみの嗅覚を持ち、1.2mの柵を飛び越え、鼻先だけで70kgを持ち上げます。海を泳いで島へ渡り、干支の亥として暮らしのなかにも入り込んできました。
そんなイノシシにまつわる雑学を12個ご紹介します。研究にもとづく項目には出典を添えています。
イノシシの体と生態のふしぎ
まずは体そのものから見ていきます。鼻の力、脚の速さ、子どもの毛色と、近くで眺めると知らないことばかりです。
1. 嗅覚は犬なみ、視力はとても弱い

イノシシの嗅覚は犬なみに優れていると考えられており、土の中の根やミミズもにおいで探り当てます。
反対に目はあまり頼りにしておらず、近縁のブタでは視力が0.1を下回る程度とされ、イノシシも同じくらいと見られています。薄暗い林で暮らすなら、遠くを見通す力より鼻のほうが役に立つのでしょう。
出典:農研機構 中央農業研究センター 鳥獣害対策コーナー
2. 柵を飛び越え時速45kmで走る

イノシシは走る力も跳ぶ力も高く、山口県の資料では時速およそ45kmで走り、1.2mの柵も飛び越えるとされます。農研機構の試験では、1歳に満たない個体でも60cmの高さを越えました。
人の100m走の世界記録9秒58は平均時速およそ37.6kmですから、短い距離なら人より速い計算になります。
※出会っても急に走りださず、背を向けず、挑発しないことが大切です(福岡県)
出典:農研機構 中央農業研究センター/山口県
3. 鼻先で70kgの重さを持ち上げる

イノシシは鼻先で地面を掘り返して餌を探しますが、その力は見た目以上です。農研機構の試験では、メスが60kgほどの重りを動かし、オスは70kg程度までの重さを容易に持ち上げました。
大人ひとり分に近い重さを鼻だけで扱えるわけで、畑を囲う柵も、下にすき間があれば押し上げられてしまいます。
出典:農研機構 中央農業研究センター
4. ウリ坊の縞は4か月で消える

ウリ坊の背に並ぶ縞模様は、落ち葉や木もれ日にまぎれる保護色とされます。体が育って隠れる必要が薄れると、縞は消えていきます。
よこはま動物園ズーラシアの記録では、生後2か月で胴が白っぽくなり、3か月でかなり目立たなくなって、4か月にはほとんど見られなくなりました。1園の記録ながら、変化の早さに驚かされます。
出典:よこはま動物園ズーラシア 飼育記録(2023年)
5. 成獣の多くは単独で暮らす

イノシシは群れる動物と思われがちですが、実際はそうとも限りません。母と娘は母系の群れをつくる一方、オスは1〜2歳で離れて単独か小さな群れになります。
六甲山での観察では、オスの成獣は単独のみ、メスでもグループの78%が成獣1頭だけでした。成獣を中心に見れば、オスもメスも単独型の社会なのです。
出典:農研機構 中央農業研究センター
日本人とイノシシの歴史
イノシシは昔から人の暮らしのすぐそばにいて、食べ方にも年の数え方にもその付き合いの跡が残っています。
6. 対馬から消え285年後に戻る

対馬市の資料によれば、1700年から1709年にかけて藩士の陶山訥庵が主導した『猪・鹿追詰覚書』の取り組みで、島のイノシシは全滅しました。田畑を守るための大がかりな駆除だったのです。
ところが1994年に成獣1頭が目撃され、翌1995年には初めて捕獲されます。およそ285年ぶりの復活で、1998年には被害が全島に及びました。
出典:対馬市
7. 干支の亥、中国や韓国ではブタ

日本で亥といえばイノシシですが、中国では猪がブタを指し、イノシシは野猪と呼んで区別します。韓国やベトナムでも、亥にあたるのはブタです。
日本ではブタを飼う習慣が根づかなかったため、身近なイノシシが当てられたとする説があります。同じ十二支でも、国によって思い浮かべる姿は違うわけです。
※ベトナムの十二支は丑が水牛、卯が猫、未が山羊と、日本とは別の動物が並びます
8. 山くじら、薬喰いという言い換え

肉食がご法度とされた江戸時代、庶民はイノシシの肉を山くじらや牡丹肉と呼び、こっそり口にしていました。薬になるからという建前で食べる薬喰いという言い方も広まります。
両国のももんじやは1718年(享保3年)の創業とされ、獣肉を出す店として知られました。牡丹の名の由来は、皿への盛りつけなど諸説あります。
※丹波篠山ではぼたん鍋の名が1931年の民謡『篠山小唄』から広まったとされます(農林水産省)
出典:墨田区商店街連合会
いま広がる分布と被害
イノシシは今も生息域を広げています。研究で分かってきた移動の実態と、農業や畜産への影響を見ていきます。
9. 海を渡った経路をDNAで解明

イノシシは泳ぎが得意で、島へ渡ることがあります。小豆島にも近年定着しましたが、どこから来たのかは長く分かっていませんでした。
福山大学などの研究チームがDNAを調べたところ、島のイノシシは遺伝的に異なる2系統からなり、いずれも本州のものとは大きく違って、四国本島から入ってきたものと判明しました。
出典:福山大学・東邦大学・兵庫県立大学の研究チーム(European Journal of Wildlife Research・2025年)
10. 被害額45億円、推定122万頭

農林水産省によると、令和6年度の野生鳥獣による農作物被害は全国で188億円。そのうちイノシシは45億円で、前の年より8.2億円増えました。
環境省が2026年に公表した推定では、国内の生息数は中央値で約122万頭で、分布域も1978年度から2020年度にかけて約1.9倍に広がり、被害は減る気配を見せていません。
※シカの被害額は79億円、生息数は約303万頭と、いずれもイノシシを上回ります
出典:農林水産省(令和6年度 野生鳥獣による農作物被害状況)/環境省(2026年)
11. 豚熱対策で山にまくワクチンの餌

2018年9月、岐阜県で26年ぶりに豚熱が発生し、これまでに約44.8万頭の豚が殺処分されましたが、人に感染する病気ではありません。
野生のイノシシが広げる面が大きいため、2019年3月からワクチンを混ぜた餌を山にまく取り組みが始まり、いまでは45都府県に広がっています。野生イノシシの陽性は43都府県で確認済みです。
出典:農林水産省(令和8年)
12. フランスで23倍、カナダでは交配種

フランスでは年間の捕獲数が1970年代初頭の約3万5000頭から、2021年には80万頭を超えて約23倍に増えました。生息数は100万頭を超えています。農業被害は年3500万ユーロ、交通事故は年3万件近くにのぼります。
カナダでは1980年代に持ち込まれた欧州のイノシシと豚の交配種が逃げて野生化し、雪の下にトンネルを掘って冬を越します。
出典:フランス国立科学研究センター(CNRS)/サスカチュワン大学 Canadian Wild Pig Research Project
まとめ
イノシシは犬なみの嗅覚で地面の下の餌を探し当て、1.2mの柵を飛び越え、鼻先で70kg程度までを持ち上げます。群れる動物という印象とは裏腹に、成獣を中心に見れば単独で暮らすことが多いというのも意外な一面でした。
江戸時代には山くじらや薬喰いと呼び換えて食べられ、対馬では一度姿を消してから285年後に戻ってきました。いまは生息数が推定122万頭、農作物被害は45億円にのぼり、豚熱の対策として山にワクチン入りの餌をまく取り組みも続いています。
力も行動力もある動物だからこそ、付き合い方が問われているのでしょう。
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更新日:2026年9月25日(金) 06:51

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