結婚指輪の雑学12選!左手薬指の「愛の血管」は誤りだった

結婚指輪はなぜ左手の薬指にはめるのでしょうか。よく耳にする「薬指は心臓に直結する血管がある」という話は、実は体の仕組みから見ると正しくありません。

それでも左手の薬指が選ばれてきた背景には、古代ローマの記録や実用的な理由がありました。国によっては右手にはめるなど、習慣もさまざまです。

そんな結婚指輪にまつわる雑学を12個ご紹介します。研究にもとづく項目には出典を添えています。

左手の薬指が選ばれた理由

まずは「なぜ左手の薬指なのか」という定番の疑問から見ていきます。昔の人が残した説明は、ひとつではありませんでした。

1. 「心臓直結の血管」は誤り

「心臓直結の血管」は誤りのイラスト

実は薬指から心臓へ直接つながる特別な血管はありません。血管はどの指からも心臓につながっているんです。

17世紀英国の医師ブラウンも、1646年の著書で特別な血管は見当たらないとして、この説を退けました。

血管説を書いた例として知られるのが、英国の法学者スウィンバーンの婚姻論。死後の1686年に出版された本ですが、説自体はさらに古く、7世紀スペインの聖職者イシドールスの百科事典にも見られます。

※この血管は、ラテン語で「vena amoris(愛の血管)」とも呼ばれます。

2. 血管より古い「神経」説

血管より古い「神経」説のイラスト

古い記録で薬指と心臓を結んでいたのは血管ではなく神経でした。2世紀ローマの文筆家ゲッリウスが、エジプト出身の学者アピオンの説を書き残しました。

その説では、ギリシャ人やローマ人は左手の薬指に指輪をはめていました。エジプトで解剖すると、この指からだけ神経が心臓へ通じていたというのです。

5世紀前半の著述家マクロビウスも「神経」と記しました。エジプトで実際にそう考えられていたかは、確かめられていません。

3. 指輪が傷みにくい指という説

指輪が傷みにくい指という説のイラスト

マクロビウスは、もっと実用的な理由も伝えています。指輪は印章として使うもので、よく使う右手では彫った宝石が欠けるため左手にしたというのです。

指は消去法で決まりました。親指はいつも使い、中指は大きすぎ、小指は小さすぎる。残ったのが両側に守られる薬指です。ブラウンもこちらの説を支持しました。

※印章は、名前などを彫って押す「はんこ」のことです。

4. 薬指の昔の名は「ななしゆび」

薬指の昔の名は「ななしゆび」のイラスト

奈良〜鎌倉ごろ、薬指は「ななしゆび」と呼ばれていました。『日本国語大辞典』によると、その後は「くすしゆび」「べにさしゆび」と主な呼び名が移ります。

「くすりゆび」も中世から話し言葉で使われていました。由来は、薬を溶かしたり付けたりした指だからという説が一般的。中国語では今も「無名指」と呼びます。

※無名指は「名前のない指」という意味です。

国や宗教でこんなに違う

左手の薬指が当たり前とは限りません。国や宗教によって、指輪をはめる手や指はさまざまです。

5. 右手にはめる国も少なくない

右手にはめる国も少なくないのイラスト

ドイツやロシア、ポーランドなどでは、結婚指輪を右手にはめる習慣が広く見られます。正教会の信徒が多いギリシャなども右手です。ブラジルでは婚約中は右手、結婚後は左手に付け替えます。

英語圏で左手が定着した背景の1つが、1549年の英国国教会『祈祷書』で新婦の左手の薬指にはめるよう定めました。

※正教会は、キリスト教の宗派の1つです。
※祈祷書は「きとうしょ」と読み、礼拝で使う祈りの言葉をまとめた本です。

6. ユダヤ教の指輪は人差し指に

ユダヤ教の指輪は人差し指にのイラスト

伝統的なユダヤ教の結婚式では、新郎が新婦の右手の人差し指に指輪をはめます。指輪は宝石や飾りのない、無地の金属の輪が基本です。

価値がひと目で分かれば、結婚の始まりに誤解やごまかしが生まれません。そのための決まりだと説明されています。式のあとで左手の薬指に付け替える人も多いそうです。

結婚指輪の意外な歴史

今では金やプラチナが定番の結婚指輪ですが、昔の姿はかなり違っていました。素材や形、着ける人の移り変わりをたどります。

7. 古代ローマでは鉄の指輪

古代ローマでは鉄の指輪のイラスト

古代ローマの1世紀の博物学者プリニウスが『博物誌』に書いてある話で、婚約した女性に鉄の指輪が贈られていました。

しかも宝石の付いていない、飾り気のない指輪だったとのこと。2〜3世紀ごろになると、金の指輪も使われるようになりました。

※博物学者は、動物や植物、鉱物など自然のものを幅広く調べる学者のことです。

8. 2つに分かれるギメルリング

2つに分かれるギメルリングのイラスト

16〜17世紀のヨーロッパでは、2本以上の輪を組み合わせて1つにする指輪が流行しました。恋人どうしの贈り物として人気だったのです。

婚約中は2人が1本ずつ身に着け、結婚式で1つに合わせたとされます。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館には、1607年の刻銘入りの実物が残っています。

※刻銘は、金属などに刻まれた文字のことです。

9. 夫の指輪は1940年代から

夫の指輪は1940年代からのイラスト

アメリカでは、もともと結婚指輪は妻だけが着けるものでした。2人とも指輪を使う結婚式は、大恐慌の終わりごろには15%。それが1940年代後半には80%に増えます。

背景には、第二次世界大戦で離ればなれになる夫婦にとって指輪の意味が増したことと、宝飾業界の宣伝があったようです。

出典:Journal of Social History(2003年)

日本の結婚指輪のあゆみ

最後は、日本で結婚指輪が広まるまでの流れと、素材や婚約指輪にまつわる話です。

10. プラチナの名は「小さな銀」

プラチナの名は「小さな銀」のイラスト

結婚指輪の定番プラチナは、かつて邪魔者扱いされた金属でした。南米コロンビアの川で砂金に混じって採れる灰色の粒を、スペイン人は「platina(小さな銀)」と呼んだのです。

金と分けにくく混ぜ物に悪用されたため、スペイン国王が鉱山を閉じさせたと伝えられます。ヨーロッパで新しい金属として報告されたのは18世紀半ばのこと。今では日本の結婚指輪の75.8%がプラチナです。

出典:ゼクシィ結婚トレンド調査(2023年)

11. 日本での普及は20世紀半ば

日本での普及は20世紀半ばのイラスト

日本で結婚指輪が広く普及したのは、生活の欧米化が進んだ20世紀半ばごろからです。

ただ、売り出す動きはもっと前からありました。1904年(明治37年)に東京の植田商店が『服装新聞』に出した広告は、日本初の結婚指輪の広告といわれています。店は現在のウエダジュエラーです。

12. ダイヤ婚約指輪を広めた広告

ダイヤ婚約指輪を広めた広告のイラスト

ダイヤモンド会社のデビアスが日本で広告を始めた1967年、ダイヤの婚約指輪をもらう花嫁は5%でした。それが14年後には60%に増えています。

「婚約指輪は給料3カ月分」という目安も、1970年代にデビアスの広告で広まったという話があります。宝石つきの婚約指輪に対し、結婚指輪は飾りの少ない輪が基本です。

※「給料3カ月分」は、戦後まもない頃の目安だったという説もあります。

出典:The Atlantic(1982年)

まとめ

結婚指輪を左手の薬指にはめる理由として知られる「心臓につながる血管」の話は、事実ではありませんでした。古い記録では血管ではなく神経とされ、指輪が傷みにくいからという実用的な説明もあります。

国や宗教によっては右手や人差し指にはめることもあり、左手の薬指が世界共通というわけではありません。日本で広まったのは20世紀半ばからで、ダイヤの婚約指輪は広告をきっかけに増えていきました。

当たり前に思える習慣も、言い伝えや宗教、時代ごとの宣伝が重なって形づくられてきたことが見えてきます。

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更新日:2026年11月3日(火) 04:36

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