夏目漱石の雑学12選!「月が綺麗ですね」に記録なし

「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという話で知られる夏目漱石ですが、漱石が言ったという記録は見つかっていません。その一方で、飼い猫が死んだときに門下生へ死亡通知を出したのは本当の話です。

『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』を書いた文豪には、人間くさい素顔も残っています。執筆に詰まると鼻毛を原稿用紙に植え、胃が弱いのにジャムをなめていたというのです。

そんな夏目漱石にまつわる雑学を12個ご紹介します。

名前と教師時代の素顔

漱石という名前には、本名にもペンネームにも由来となる話があります。まずは名前の話と、作家になる前の英語教師時代を見ていきましょう。

1. 金之助は泥棒よけの名前

金之助は泥棒よけの名前のイラスト

漱石の本名は夏目金之助です。1867年2月9日(慶応3年1月5日)、江戸の牛込馬場下横町で名主の家の5人目の男の子として生まれました。

生まれたのは庚申の日の申の刻で、この日に生まれた子は「出世すれば大出世、悪くすれば大泥棒になる」と言われていました。そこで厄よけとして名前に金の字を入れ、「金之助」と名づけられたといいます。

※牛込馬場下横町(うしごめばばしたよこちょう)は、今の東京都新宿区喜久井町(きくいちょう)にあたります。名主(なぬし)は町や村をまとめる役の人です。
※庚申(こうしん)は干支の組み合わせの一つです。申の刻(さるのこく)は午後4時ごろです。

2. 「漱石」は負けず嫌いの意味

「漱石」は負けず嫌いの意味のイラスト

「漱石」という号は、中国の故事「漱石枕流」が由来です。「石に枕し流れに漱ぐ」を「石に漱ぎ流れに枕す」と言い間違えた人が、屁理屈で押し通した話で、負け惜しみが強い人のたとえです。

漱石が初めてこの号を使ったのは1889年(明治22年)、正岡子規の詩文集に批評を書いたときです。「漱石」は、子規の号の一つでもありました。

※号(ごう)は本名とは別に名乗る名前、故事(こじ)は昔の出来事から生まれた言葉や話です。
※「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」「漱ぐ(くちすすぐ)」と読みます。

3. 新米教師が校長より高給

新米教師が校長より高給のイラスト

1895年(明治28年)、漱石は愛媛県尋常中学校に英語教師として赴任しました。のちの松山中学校です。

月給は80円で、校長を20円も上回りました。帝国大学出の学士として、破格の待遇で迎えられたのです。松山で過ごした日々は、1906年(明治39年)の小説『坊っちゃん』のもとになったとみられています。

※赴任(ふにん)は、仕事先の土地へ移って勤めることです。
※尋常中学校(じんじょうちゅうがっこう)は当時の中学校、学士(がくし)は大学を卒業した人の呼び名です。

4. 子規が52日間も居候

子規が52日間も居候のイラスト

1895年(明治28年)、松山の漱石の下宿「愚陀仏庵」に、親友の正岡子規が52日間身を寄せました。漱石は2階、子規は1階です。

漱石の談話によると、子規は昼になると鰻の蒲焼を取り寄せて食べていました。東京へ帰るときは「君払ってくれたまえ」と言って、澄まして帰ったそうです。さらにお金を貸せと言い、10円ほど持っていきました。

※「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」「鰻の蒲焼(うなぎのかばやき)」と読みます。
※居候(いそうろう)は、他人の家に住まわせてもらうことです。

文豪の意外なクセと暮らし

作家になる前の漱石は、国の命令でイギリスに留学しています。ここからは留学中の苦労と、作家として暮らした日々のクセや好物、飼い猫の話を紹介します。

5. ロンドンで「発狂」の知らせ

ロンドンで「発狂」の知らせのイラスト

1900年(明治33年)、国費留学でロンドンに着いた漱石は、神経衰弱に苦しみます。2年で住まいを5回も替えました。

文部省には「夏目発狂す」との知らせが届き、ドイツ留学中の藤代禎輔に、漱石を連れ帰る命令が出ます。漱石は別の船で1903年(明治36年)に帰国し、のちに『文学論』の序でロンドンの2年を「尤も不愉快の二年」と書きました。

※文部省(もんぶしょう)は、教育などを受け持った当時の国の役所です。
※神経衰弱(しんけいすいじゃく)は、心身の疲れから不安や不眠などが続く状態を指した当時の言葉です。
※「藤代禎輔(ふじしろていすけ)」と読みます。「尤も(もっとも)」は「最も」と同じ意味です。

6. 鼻毛を原稿用紙に植えた

鼻毛を原稿用紙に植えたのイラスト

漱石には、執筆に行き詰まると鼻毛を抜いて、原稿用紙に植えつけるように並べる癖があったとされます。

門下生の内田百閒は、手に入れた『道草』の書き損じ原稿に、鼻毛が10本ほど植えてあったと随筆「漱石遺毛」に書きました。『吾輩は猫である』にも、主人が鼻毛を原稿紙の上に植えつける場面が出てきます。

※門下生(もんかせい)は、先生のもとで教えを受けた弟子のことです。「内田百閒(うちだひゃっけん)」と読みます。
※書き損じ(かきそんじ)は、書き間違えて使わなかった原稿のことです。

7. 胃が弱いのに大の甘党

胃が弱いのに大の甘党のイラスト

漱石は胃が弱く、生涯悩まされました。それでも大の甘党で、ジャムを瓶からなめていたとの証言があります。月に約4kgも食べていたそうです。

『吾輩は猫である』にも、ジャムが月に8缶も減ったという夫婦の会話が出てきます。大病の回復期の日記には「夜は朝食を思い、朝は昼飯を思い、昼は夜飯を思う。」と書いています。

※ジャムが8缶減る話は小説の中の出来事です。

8. 猫の死亡通知を出した

猫の死亡通知を出したのイラスト

『吾輩は猫である』のモデルになった名もない猫が1908年(明治41年)に死ぬと、漱石は翌日、黒枠のはがきで門下生に死亡通知を出しました。

文面は人間の訃報にならい、「辱知猫儀久々病気の処」で始まります。結びは「但し主人『三四郎』執筆中につき、御会葬には及び不申候」でした。猫は裏庭の桜の木の下に葬られています。

※訃報(ふほう)は人が亡くなった知らせ、黒枠(くろわく)のはがきは死亡を知らせるときに使う、ふちの黒いはがきです。
※「辱知(じょくち)」は知り合いであることをへりくだって言う言葉で、書き出しは「お付き合いいただいていた猫が長く病気だったところ」という意味です。
※「但し主人『三四郎』執筆中につき、御会葬には及び不申候(ごかいそうにはおよびもうさずそうろう)」は、「ただ主人は『三四郎』を書いている最中なので、お葬式に来ていただくには及びません」という意味です。

死の淵と死後に残ったもの

人気作家となった漱石は、大きな病で一度死の淵に立っています。最後のグループでは、その大病から最期のとき、そして死後に広まった話までをたどります。

9. 修善寺で「30分間の死」

修善寺で「30分間の死」のイラスト

1910年(明治43年)、胃潰瘍の療養で伊豆の修善寺温泉にいた漱石は大量に吐血し、意識を失って危篤となりました。これが「修善寺の大患」です。

漱石は闘病記『思ひ出す事など』に、吐血は「八百グラム」で「実に三十分の長い間死んでいたのであった」と書いています。この体験は、その後の作風に影響したと考えられています。

※胃潰瘍(いかいよう)は胃の内側が傷つく病気、大患(たいかん)は大きな病気のことです。
※「三十分の長い間死んでいた」は、あとで妻から聞いた意識のなかった時間のことで、医学的に死んでいたわけではありません。

10. 最期の言葉と残された脳

最期の言葉と残された脳のイラスト

漱石は1916年(大正5年)、満49歳で亡くなりました。連載中の『明暗』は188回で未完に終わりました。

最期の言葉には諸説あります。「何か食いたい」とも、泣く娘に「いいよいいよ、泣いてもいいよ」と言ったとも語られます。遺族の希望で解剖された脳は、今も東京大学医学部に保存されており、重さは1425gと伝えられます。

11. 千円札の写真は喪章姿

千円札の写真は喪章姿のイラスト

1984年(昭和59年)に発行が始まった千円札で、漱石は肖像に選ばれました。基準は、一般によく知られた人物であることと、偽造防止のため精密な写真が手に入ることです。

元の写真は、1912年(大正元年)の明治天皇の大喪の際に撮られたものでした。満45歳ごろの漱石は黒いネクタイを締め、腕に喪章を付けています。

※大喪(たいそう)は天皇の葬儀、喪章(もしょう)は人の死を悼むしるしとして身に付ける黒い布です。

12. 「月が綺麗ですね」の真相

「月が綺麗ですね」の真相のイラスト

漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳させた話は有名です。しかし著作にも当時の資料にも、そう言ったという記録は見つかっていません。

日本語学者の飯間浩明氏は、1970年代ごろに出た都市伝説だとみています。1958年(昭和33年)の英語の本にも「いいお月さまですねえ」とI love youを結ぶ例がありますが、漱石とは関係がありません。

※「飯間浩明(いいまひろあき)」と読みます。

まとめ

夏目漱石の本名「金之助」は厄よけの願いを込めた名前で、「漱石」という号は負け惜しみの強さを表す故事から取られていました。英語教師としては、校長より高い月給で迎えられています。

作家としての漱石にも、鼻毛を原稿用紙に植える癖やジャムをなめる甘党ぶり、飼い猫の死亡通知といった人間くさい素顔がありました。修善寺で死の淵に立った話や、今も保存されている脳の話も残っています。

千円札の顔として知られる文豪も、こうしてたどると意外なほど生身の人だったことが見えてきます。

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更新日:2026年10月27日(火) 10:27

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