6月1日から夏服、10月1日から冬服と学校や職場でおなじみの衣替えですが、この日付がいつ、どうやって決まったのかは意外と知られていません。
始まりは平安時代の宮中で、当時は服だけでなく部屋の仕切りまで季節ごとに替えていました。江戸の武士は年に4回も着物を替え、いまの6月1日と10月1日は明治時代の制服の決まりから広まったものです。
そんな衣替えにまつわる雑学を12個ご紹介します。研究にもとづく項目には出典を添えています。
平安の宮中で始まった衣替え
まずは衣替えの始まりからです。平安時代の宮中では、装束だけでなく暮らしの場まで季節に合わせて改めていました。
1. 衣替えのルーツは平安の宮中

衣替えのルーツは平安時代の宮中で行われた「更衣」という行事で、中国の風習にならって始まったとされます。
旧暦4月1日から9月末までは夏の装束、10月1日から3月末までは冬の装束を着ていました。年に2回、日を決めて一斉に切り替えていたのです。
※「更衣」は「こうい」と読みます
2. 服だけでなく部屋も衣替え

宮中で替えたのは装束だけではなく、鎌倉時代末から南北朝時代にかけての『建武年中行事』によると、部屋を仕切る壁代を帷に替え、御簾や屏風、灯籠の綱まで季節に合わせて改めていました。
装束は内蔵寮、部屋の調度は掃部寮という役所が受け持っていたそうです。
※「壁代」は「かべしろ」、「帷」は「かたびら」、「御簾」は「みす」と読みます
※「内蔵寮」は「くらりょう」、「掃部寮」は「かもんりょう」と読みます
3. 「更衣」は妃の位の名でもあった

「更衣」は、天皇の妃の位の名前でもありました。女御の次の位で、『源氏物語』の桐壺更衣がよく知られています。定員は資料により10〜12人とされますが、10世紀後半ごろから姿を消していきました。
妃の位と区別するために、行事を「衣替え」と呼ぶようになったという説もあります。
※「女御」は「にょうご」、「桐壺更衣」は「きりつぼのこうい」と読みます
※俳句では「更衣」が夏、「後の更衣」が晩秋の季語です
江戸から明治、日付が決まるまで
続いては、衣替えが武士や庶民に広がり、いまの日付が定まるまでの流れを見ていきます。
4. 江戸の武士は年に4回衣替え

江戸時代の武士は、年4回の衣替えをしていました。旧暦4月1日から5月4日は袷、5月5日から8月末は帷子、9月1日から8日は再び袷、9月9日から3月末は綿入れです。
衣替えの習慣は庶民にも広がり、9月いっぱいは袷で過ごして10月1日から綿入れに替えていました。
※「袷」は「あわせ」と読み、裏地のついた着物です。「帷子」は「かたびら」と読み、裏地のない夏の着物です
5. 「四月一日」と書いてわたぬき

「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む名字があります。旧暦の4月1日に綿入れから綿を抜いて袷に替えたことにちなむ読み方です。
旧暦の4月1日はいまの5月ごろにあたり、当時の庶民が持つ着物は3〜5枚程度といわれ、綿を出し入れしながら季節をしのいでいました。同じく暦にちなむ名字に「八月一日」と書いて「ほずみ」と読む名字もあります。
6. 古着が支えた江戸の着物事情

着物を何枚もあつらえるのは江戸の庶民には簡単ではなく、そこで頼りにされたのが古着でした。
享保年間には江戸の古着屋が1000軒を超え、古着を買い集める商人も数百人規模にのぼっていたようです。亡くなった人の着物を買い取る「湯灌場買い」という商売もあったといいます。
※「湯灌」は「ゆかん」と読み、亡くなった人の体を湯で清めることです
7. 6月1日と10月1日の由来

いまの6月1日と10月1日という区切りは、明治時代に始まりました。
1873年の明治6年に官公庁の制服について夏服と冬服を切り替える時期が決められ、これがもとになっています。その後は学校などの制服のある場所にもこの日付が広がりました。
※沖縄県警では、夏服の期間を4月から11月末までとしています
いまの衣替えをめぐる話
最後は、気温や神宮のお祭り、職場の服装、防虫対策など、いまの衣替えにつながる話を集めました。
8. 平年の気温で見る衣替えの日

先ほどの項目7で紹介した6月1日と10月1日を、東京の平年値で比べてみると、平均気温はどちらも20.5度、最高気温も25.2度と24.5度でほぼ同じです。
つまり同じくらいの気温なのに、片方は夏服へもう片方は冬服へ切り替えているわけです。衣替えの決め手は当日の気温ではなく、これから暑くなるのか寒くなるのかという季節の向きでした。
※平年値は気象庁が1991〜2020年の30年間の観測から出した値です
出典:気象庁「東京 日ごとの平年値」1991〜2020年
9. 伊勢神宮で年2回の神御衣祭

伊勢神宮では毎年5月14日と10月14日に、内宮と荒祭宮で神御衣祭が行われます。和妙と荒妙という布を神様に供えるお祭りで、『皇太神宮儀式帳』や『延喜式』にも記されています。
季節の衣替えと結びつけられることもありますが、神宮自身は衣替えとは違うと説明しています。
※「神御衣祭」は「かんみそさい」、「荒祭宮」は「あらまつりのみや」と読みます
※「和妙」は「にぎたえ」と読む絹、「荒妙」は「あらたえ」と読む麻の布です
出典:伊勢神宮公式サイト「神御衣祭」
10. 省エネルックからクールビズへ

1979年、第1次大平内閣は夏の軽装「省エネルック」を呼びかけ、1994年には羽田孜首相も着ましたが広まりませんでした。
2005年に始まったクールビズは、当初6月1日から9月30日まで。2011年は5月1日から10月31日に広がり、その後5月1日から9月30日が定着しました。2021年度からは一律の期間を設けていません。
出典:環境省 報道発表資料
11. 服を食べるのは虫の幼虫だけ

衣類を食べる代表的な害虫は、イガ、コイガ、ヒメカツオブシムシ、ヒメマルカツオブシムシの4種です。服を食べるのは幼虫だけで、15〜25度で活発になり湿度も60%以上の環境も好みますが30度を超えると動きが鈍ります。
カツオブシムシ類の成虫は白い花に集まり、洗濯物に卵を産むことがあります。
出典:日本繊維製品防虫剤工業会、エステー、KINCHOの各解説ページ
12. 防虫剤は混ぜるとシミの元

種類の違う防虫剤を一緒に使うと、融点が下がって液体になり衣類のシミの原因になります。においのあるタイプ同士は併用できませんが、においのないピレスロイド系なら併用できます。
無臭タイプは1980年代後半に登場し、1988年9月1日発売のムシューダは2017年の防虫剤市場で世界シェア1位となっています。
※においのあるタイプの主な成分は、しょうのう、ナフタリン、パラジクロロベンゼンの3種です
出典:エステー ニュースリリース 2018年、日本繊維製品防虫剤工業会
まとめ
衣替えのルーツは、平安時代の宮中で旧暦4月1日と10月1日に行われた「更衣」です。装束だけでなく壁代や御簾まで替える、部屋ごとの模様替えでもありました。
江戸時代の武士は袷、帷子、綿入れを年4回に分けて着替え、いまの6月1日と10月1日は明治6年に官公庁の制服の切り替え時期が決められたことから広まりました。東京の平年値を見ると、この2日の平均気温はどちらも20.5度です。
次の衣替えのときは、種類の違う防虫剤を混ぜないことも思い出してみてください。
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更新日:2026年9月19日(土) 10:42

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