糖尿病は、いまや世界中で知られている病気です。けれども、その名前も正体も、長い時間をかけて少しずつ形になってきました。
古代エジプトの文書に最古の記録を見る説があり、平安時代の日本では飲水病と呼ばれていました。17世紀の医師は患者の尿を口にして、甘さを確かめています。
そんな糖尿病にまつわる雑学を12個ご紹介します。研究や公的資料にもとづく項目には出典を添えています。
古代から近世までの歩み
糖尿病は、記録のうえでは数千年前までさかのぼれる病気です。まずは古代から近世にかけて、この病がどう見られてきたのかをたどります。
1. 最古の記録には異論あり

古代エジプトの医学文書エーベルス・パピルスは紀元前1550年ごろのもので、多すぎる尿を取り除くための処方が記されています。糖尿病の最古の記録として紹介されることの多い文書です。
ただし尿が甘いという記述はありません。原語は「多い」とも「頻繁に」とも訳せるため、別の病気を指すとみる研究者もいます。
※病気のようすを初めて正確に書き残したのは、2世紀ごろのギリシャ人医師カッパドキアのアレタイオスだとする見方があります。
出典:Loriaux「Diabetes and The Ebers Papyrus」(The Endocrinologist、2006年)
2. 病名はサイフォンと蜂蜜

diabetes はギリシャ語で「サイフォン」「通り抜ける」という意味。飲んだ水が体にとどまらず流れ出ていくようすから名づけられました。
mellitus はラテン語で「蜂蜜のように甘い」こと。17世紀のイギリスの医師トーマス・ウィリスが加えたとされ、正式な病名 diabetes mellitus は、この2つを組み合わせたものです。
※diabetes はアレタイオスが広めたとされますが、それ以前から使われていた可能性も指摘されています。
※mellitus は18世紀のウィリアム・カレンが加えたとする説もあります。
出典:Frontiers in Endocrinology 掲載の総説(2018年)
3. 医師は尿をなめて調べた

1674年、トーマス・ウィリスは患者の尿を口にして、砂糖や蜂蜜のように甘いと書き残しました。
1776年にはリヴァプールの医師マシュー・ドブソンが患者の尿を蒸発させ、黒砂糖のような匂いと味の白い粉を得ます。さらに血液にも甘みがあることを確かめ、糖はまず血液中にあって尿に出ると結論づけました。
出典:Science History Institute「Sickening Sweet」
日本で語られた糖尿病
日本にも、平安時代からこの病の記録が残っています。呼び名の移り変わりとあわせて見ていきましょう。
4. 平安の呼び名は飲水病

平安時代、この病は飲水病や口渇病と呼ばれていました。水をしきりに飲むようすからついた名前です。
藤原伊尹、藤原道隆、藤原道長がいずれもこの病だったと伝わります。ただし千年前の記録から、現代の病名を確かめることはできません。
※「飲水病」は「いんすいびょう」、「口渇病」は「こうかつびょう」、「伊尹」は「これただ」または「これまさ」と読みます。
※伊尹は972年、道隆は995年、道長は1027年に亡くなりました。
5. 藤原道長が切手になった

1994年(平成6年)11月4日、第15回国際糖尿病会議を記念した80円切手が発行されました。図案は藤原道長とインスリンの結晶。会議には108か国から5000人以上が参加しました。
日本糖尿病協会は、藤原実資の日記『小右記』や道長の『御堂関白記』の記述をもとに、道長を記録に残る日本最古の糖尿病患者として紹介しています。
※『小右記』は「しょうゆうき」、『御堂関白記』は「みどうかんぱくき」と読みます。
出典:公益社団法人日本糖尿病協会「藤原道長と糖尿病」
6. 病名は変わるかもしれない

明治時代までは消渇や蜜尿病などの呼び名が混在。1907年(明治40年)の日本内科学会の講演会をきっかけに、糖尿病へ統一されたといわれます。
2023年9月、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会が新たな呼称の案としてダイアベティスを発表。病名への偏見を減らしたいという理由で、当面は併記しながら広める方針です。
※「消渇」は「しょうかち」または「しょうかつ」と読みます。
※尿に糖が出ることだけが病気の実態ではない、という点も理由に挙げられています。
出典:日本糖尿病学会・日本糖尿病協会の合同発表(2023年)
インスリン発見の物語
20世紀に入ると、すい臓から出るインスリンが見つかります。その発見にたどりつくまでの道のりをたどってみましょう。
7. ハエの逸話は本人が否定

1889年、オスカー・ミンコフスキーとヨーゼフ・フォン・メーリングは、犬のすい臓を取り除くと糖尿病になると示しました。犬の尿にハエが群がって気づいたという逸話は、ミンコフスキー本人が否定。
実際は、しつけたはずの犬が実験室の床に何度も尿をすると助手に指摘され、調べると10%を超える糖が見つかったのです。
出典:Dictionary of Scientific Biography「Minkowski, Oskar」
8. インスリンの語源は島

インスリンの名は、島を意味するラテン語 insula に由来します。すい臓の中に島のように散らばる細胞の集まり、ランゲルハンス島から出るためです。
パウル・ランゲルハンスは1869年、22歳のときの学位論文でこの細胞を報告しました。働きは分からないまま1888年に41歳で亡くなり、彼の名がついたのは死後の1893年。
出典:ドイツ糖尿病研究センター(DZD)「Paul Langerhans」
9. 発見は深夜のメモから

1920年10月31日の未明、カナダの開業医フレデリック・バンティングは、講義の準備中に実験の着想を得ます。当時29歳。25語のメモに残しています。
開業した最初の月の患者は3人だけで、医学校の非常勤講師として生計を補う日々。翌1921年、トロント大学のマクラウド教授のもとで、学生チャールズ・ベストと実験を始めます。
出典:ウェスタン大学「Frederick Banting: Inspiration and Discovery」
10. 最初の注射は14歳の少年

1922年1月11日、トロントで14歳の少年レナード・トンプソンが世界で初めてインスリンの注射を受けました。1回目は不純物が多く、うまくいきません。
生化学者ジェームズ・コリップが精製し直したものを1月23日に注射すると、翌日には血糖値が正常に近づきます。少年はその後13年生き、1935年に27歳で亡くなりました。
出典:トロント大学 Thomas Fisher Rare Book Library「The Discovery of Insulin」
11. 特許は1ドルで譲られた

1923年、バンティング、ベスト、コリップの3人は、インスリンの特許を1人1ドルでトロント大学に譲りました。バンティングは、インスリンは私のものではなく世界のものだと語ったと伝わります。
同じ年のノーベル生理学・医学賞はバンティングとマクラウドに贈られ、2人は賞金をそれぞれベスト、コリップと分け合いました。
出典:ノーベル財団(NobelPrize.org)
12. 豚2トンからわずか227g

初期のインスリンは牛や豚のすい臓から取り出していました。1920年代には、2トンを超える豚の部位から得られる精製インスリンは8オンス、およそ227gほど。
1982年、細菌に作らせる遺伝子組換えヒトインスリン、ヒューマリンがアメリカで承認されます。遺伝子組換え技術で作られた世界初の医薬品です。
出典:スミソニアン国立アメリカ歴史博物館「Two tons of pig parts」
まとめ
糖尿病の歴史は、名前の歴史でもありました。サイフォンを意味する diabetes に、蜂蜜を意味する mellitus が加わり、日本では飲水病から消渇、そして糖尿病へと呼び名が移ってきたのです。
19世紀末には犬の実験ですい臓との関係が分かり、1920年代にインスリンの取り出しと精製が進みました。特許が1人1ドルで大学に譲られたことも、この物語の一部。
2023年9月には新しい呼称の案も発表されました。名前をめぐる歩みは、いまもなお続いています。
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更新日:2026年9月22日(火) 03:35

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