松茸の雑学11選!学名は「吐き気」になりかけた

秋の味覚の代表格として知られる松茸。お店で値札を見て、思わず手を引っこめた経験がある人も多いのではないでしょうか。

高い理由のひとつは、国内でほとんど採れなくなったこと。今では、店に並ぶ松茸の大半が輸入品です。しかも松茸は生きた木の根と共生するため、シイタケのように人の手で栽培する方法がまだ実用化されていないのです。

そんな松茸にまつわる雑学を11個ご紹介します。研究にもとづく項目には出典を添えています。

なぜ高くて、なぜ減っているのか

まずは、松茸がなぜこれほど高いのかという話から。数が減った理由や、栽培の難しさを見ていきます。

1. 国産松茸は戦前の約800分の1

国産松茸は戦前の約800分の1

松茸の国内生産は1941年の約1万2000トンがピークとされており、2025年はわずか15トンで同年の輸入526トンに対し国産は約2.8%にすぎません。

減った一因は落ち葉や枝を燃料や肥料に使わなくなり、土が栄養過多になってアカマツが弱ったことで、山が豊かになったのが裏目に出たうえ松くい虫による松枯れも重なりました。

出典:林野庁「特用林産物の生産動向」(2025年)

2. 先に栽培できたのはバカマツタケ

先に栽培できたのはバカマツタケ

松茸は生きた木の根と共生する菌根菌で、シイタケのような栽培は実用化されていません。

近縁種のバカマツタケは、コナラなどの林に生えて時期もずれるため「バカ」と呼ばれたとされます。2018年に多木化学が完全人工栽培に成功したものの、2024年に事業化の目処は立っていないとして販売は一部の料理店向けにとどまります。

※「菌根菌(きんこんきん)」は植物の根と栄養をやりとりして生きる菌のことです

出典:多木化学ニュースリリース(2018年・2024年)

3. 松茸は世界の絶滅危惧種

松茸は世界の絶滅危惧種

松茸は2020年7月にIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで「危急(VU)」に指定されました。50年間で30%以上減ると見込まれるためです。

原因は地域で異なっていて日本など東アジアでは松枯れ、中国南部では森林伐採などが挙げられます。採取を禁じるのではなく、生息地を管理することが対策とされています。

出典:IUCNレッドリスト(2020年)

松茸の香りと名前の話

身近な松茸ですが、名前や香りをたどると意外な行き違いがいくつも出てきます。

4. 学名は「吐き気」になりかけた

学名は「吐き気」になりかけた

松茸は1905年に北欧で「気分が悪くなる」を意味するnauseosaの名で発表されていました。日本では1925年にArmillaria matsutakeと命名されています。

そして2000年のDNA解析で両者は同じ種と判明し本来は先に付いた名が優先されますが、広く使われていたmatsutakeを保存名として残すことになったのです。

※「保存名」は、規則の例外として使い続けることが認められた学名です

5. 雲南では「臭い鶏樅」だった

雲南では「臭い鶏樅」だった

中国の雲南西部では、松茸は独特の匂いから「臭鶏樅(チョウジーツォン)」と呼ばれていました。鶏樅は現地で人気のある別のキノコです。

1980年ごろまで中国では食べる人が少なく、1980年代半ば以降に日本向けの輸出が始まると値段が跳ね上がりました。いまや日本が輸入する松茸の約7割は中国産といわれます。

6. マツタケオールは先にヒノキから

マツタケオールは先にヒノキから

マツタケオールというキノコの香り成分は、1931年にヒノキの葉の精油から先に取り出されていました。松茸から取り出され、この名が付いたのは1936年です。

実はシイタケやマッシュルームにも多く含まれ、蚊を集める誘引剤にも使われています。松茸らしい香りを決めるのは、桂皮酸メチルの方だと考えられています。

※「桂皮酸メチル(けいひさんメチル)」はシナモンに似た甘い香りをもつ成分です

7. 松茸の味お吸いものに松茸なし

松茸の味お吸いものに松茸なし

永谷園の「松茸の味お吸いもの」は1964年10月に発売され、2024年3月末までに累計78億食が売れた定番商品です。

ところが現在の原材料表示を見ると、椎茸は入っているのに肝心の松茸は入っていません。あの香りは香料で再現されたものですが、名前はあくまで「松茸の味」というわけです。

出典:永谷園(商品情報・2024年発表)

松茸をめぐる歴史とエピソード

松茸は昔から特別なごちそうとして扱われてきました。天下人の逸話から初競りの記録まで、松茸をめぐる話を集めました。

8. 秀吉の松茸狩りは仕込みだった

秀吉の松茸狩りは仕込みだった

豊臣秀吉が京都の東山で松茸狩りをすることになりましたが、見張りを置いたのに町の人に先に採られてしまいました。そこで家来が他の山から松茸を集め一晩で植え直したといいます。

秀吉は笑って「わかっていたが、わしを喜ばせたいという皆の心は何物にも替えがたい」と咎めなかったと、『名将言行録』の逸話として伝わっています。

9. 238年続いた将軍への松茸献上

238年続いた将軍への松茸献上

群馬県太田市の金山の松茸は1629年に館林藩主の榊原忠次が献上したのが始まりとされ、幕府が倒れる1867年まで続きました。

竹籠に詰めて昼も夜も宿場から宿場へ引き継ぎ、午前9時に太田を出て翌朝5時に江戸城へ届けたそうです。多い年は3000本ほどが運ばれていて、今も当時の装束の行列が松茸を運ぶ「太田松茸道中」が続いています。

※「金山」は「かなやま」と読みます

※「太田松茸道中」とは毎年10月に、太田市の大光院から熊谷市の妻沼聖天山まで当時の装束の行列が歩く行事です。

10. 初競りで1キロ1185万円

初競りで1キロ1185万円

2021年9月16日の兵庫県の丹波篠山市場の初競りで3本約70gの松茸が83万円で落札されました。1キロあたり約1185万円となり、同市場でそれまで最高だった1キロ552万円の2倍を超えました。

もっとも初競りはご祝儀の値段でふだんの相場とは別物ですが、2025年の初競りでは8本に85万円の値が付きました。

11. 金正恩氏が贈った松茸2トン

金正恩氏が贈った松茸2トン

2018年9月に北朝鮮の金正恩氏は南北首脳会談の手土産として、韓国に松茸2トンを贈りました。松茸は9月20日、ソウル近郊の空港に届いています。

離散家族の再会事業に参加できなかった高齢者を優先し、約4000人に約500gずつ秋夕の前に配られました。韓国は同年の11月に軍の輸送機で済州島のみかん200トンを返礼に送りました。

※「秋夕(チュソク)」は韓国の旧盆にあたる祝日です

まとめ

松茸が高いのは、国内の収穫が戦前の約800分の1まで減ったうえ、人工栽培がまだ実用化されていないためでした。落ち葉を使わなくなり山が豊かになったことが、かえって松茸の暮らしにくい環境を生んだのです。

名前と香りにも意外な話がありました。学名は「気分が悪くなる」という意味の名になりかけ、マツタケオールは松茸より先にヒノキから見つかっています。

秀吉の松茸狩りや238年続いた将軍への献上からは、昔から松茸が特別なものとして扱われてきたことがうかがえます。次に松茸を味わうときは、そんな背景も思い出してみてください。

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更新日:2026年9月19日(土) 10:41

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