海には、地球の歴史でいちばん大きな動物が今も暮らしています。潮を吹く姿はおなじみですが、あの白いものの正体まで知っている人は多くないかもしれません。
調べていくと、香水を支えた腸の結石や、200年近く生きるとされる種、死んだあとに深海の命を養う話まで出てきます。体のつくりも、海とのつながりも、思っていたより変わっています。
そんなクジラにまつわる雑学を14個ご紹介します。研究にもとづく項目には出典を添えています。
巨体を支える体のしくみ
クジラの体は、その大きさに合わせた仕組みで動いています。まずは、巨体を支える体のつくりから見ていきます。
1. 舌の重さは3トン近い

シロナガスクジラは、現在も地球の歴史上で最大の動物とされています。その舌だけで、重さは約2.7〜3トンあります。
ギネス世界記録には「最も重い舌」として4トンが登録されていますが、こちらは最大級の個体の数字です。2.7〜3トンは体重60〜70トン級の平均的な個体のもので、前提が違うだけで矛盾ではありません。
よくゾウ1頭ぶんにたとえられますが、アフリカゾウのオスは平均6トンほどあります。重さで釣り合うのは、メスや小型のゾウのほうです。
出典:ギネス世界記録(Heaviest tongue)
2. 心臓は車一台分ではない

シロナガスクジラの心臓は「フォルクスワーゲン・ビートル並み」「約600キロ」と長年語られてきました。
ところが2014年、カナダのニューファンドランドに漂着した体長24メートルの個体から、初めて心臓の標本保存に成功します。実測は199.5キロで、言われていた重さの3分の1ほどでした。ギネス世界記録も推定値を下方修正しています。
心臓の高さは約1.5メートルで、大動脈などの太い血管まで含めると約2メートルになります。
出典:ロイヤル・オンタリオ博物館(2014年)
3. 白い潮吹きの正体は呼気

噴気孔は背中ではなく、頭の上のほうにある鼻の穴です。出ているのは海水ではなく、温かく湿った呼気が外で冷えて水滴になり、白く見えているものです。噴気孔の上の海水が一緒に飛ぶこともあります。
においの主な原因は気道の粘液ではなく、胃の中で発酵した半消化のオキアミなどの餌です。研究者は、おならと生臭さが混ざったにおいだと表現しています。
噴気孔はヒゲクジラでは2つでV字型、ハクジラは1つです。ただしマッコウクジラだけは、口先の左寄りにあります。
※「噴気孔(ふんきこう)」は、クジラが息をするための鼻の穴です
出典:オレゴン州立大学などの研究チーム(National Geographic・2016年)
4. 脳を半分ずつ休ませる

脳波で確かめられているのは、バンドウイルカやシロイルカなどハクジラの仲間です。右脳と左脳を交互に休ませ、眠っている側の脳と反対側の目を閉じたまま泳ぎ続けます。
観察では、眠っている半球と反対側の目が閉じているか半開きの時間は5〜6割でした。逆に起きている半球の反対側の目は、95パーセント以上開いていました。
ヒゲクジラの眠り方はまだ分かっていません。マッコウクジラは体を垂直にして漂う姿が見つかり、両方の半球で同時に眠っている可能性が示されています。
出典:カリフォルニア大学ロサンゼルス校などの研究チーム(Archives Italiennes de Biologie・2004年)
5. 息を止めて3時間42分

アカボウクジラは哺乳類の潜水記録の持ち主で、1頭が3時間42分もぐり続けた記録があります。理論上の有酸素潜水の限界は約33分と計算されており、記録はその7倍にあたります。
深さの記録も2,992メートルで、こちらも哺乳類で最も深いものです。長い時間もぐったあとに長い休憩を取る様子は見られず、研究者を困惑させました。
この記録は、5年間で3,600回以上の餌を探す潜水を追いかけた調査によるものです。
出典:デューク大学などの研究チーム(Journal of Experimental Biology・2020年)
体に備わった特別な道具
クジラの仲間には、体の一部が道具のように働く例があります。牙や頭部、耳あかまで、それぞれの役割を見ていきます。
6. イッカクの牙は左の犬歯

イッカクのまっすぐ伸びた長い角は、角ではなく上あごの左側の犬歯がねじれながら伸びたものです。牙の中には約1000万本の細管が通っていて、感覚器官として働きます。
2014年の実験では、生きたイッカクの牙に濃さの違う海水を当てて心拍を測り、塩分濃度の変化を感じ取っていることが確かめられました。
牙はオスだけのものと思われがちですが、メスの15パーセントほどにもあります。2017年にはドローンの映像で、牙で魚を叩いて気絶させてから食べる様子も撮影されました。
出典:ハーバード大学歯学部などの研究チーム(The Anatomical Record・2014年)
7. 頭部は巨大な音響装置

マッコウクジラの巨大な頭部には、脳油というワックス状の物質が詰まっています。これが音の通り道と反射の経路になり、その下にあるレンズのような脂肪の塊が、クリック音を前方に絞り込みます。
実測では236デシベルという、生物界でも最大級の音を生み出しています。この音を使ったエコーロケーションで、光の届かない深海の獲物を探します。頭そのものが、精密な音の装置になっているわけです。
※「エコーロケーション」は、自分が出した音の反響で周りの様子を探る仕組みです
出典:オーフス大学などの研究チーム(Journal of the Acoustical Society of America・2003年)
8. 耳あかが一生の記録簿

ヒゲクジラの耳あかは一生かけて固まり続け、木の年輪のような層になります。層を1枚ずつ分析すると、いつ性成熟したか、いつ強いストレスを受けたか、どんな汚染物質を浴びたかまで読み取れます。
2007年に船と衝突して死んだシロナガスクジラからは、長さ25センチの耳あかの塊が見つかり、12歳までの一生がまるごと復元されました。
性成熟の時期にテストステロンが200倍に跳ね上がる様子や、残留農薬や水銀がたまっていく過程まで分かっています。
出典:ベイラー大学などの研究チーム(PNAS・2013年)
9. 香水を支えた鯨の結石

香りを長もちさせる保留剤として珍重された龍涎香の正体は、マッコウクジラが消化できなかったイカのクチバシなどが、腸の中で固まったものです。
できたばかりのものは黒く、強いにおいがあります。それが排出されたあと長い年月をかけて海を漂ううちに硬くなり、独特の甘い香りへと熟成していきます。
値段は品質でかなり開きがあり、買取なら1グラムあたり1000円から4000円ほど、小分けの小売では1万円を超えることもあると言われます。
※「龍涎香(りゅうぜんこう)」は、香水の材料として使われてきた香料です
歴史と海とのつながり
クジラは陸から海へ移った動物で、いまも海の中で他の生き物とつながっています。最後は、時間と海の広がりの話です。
10. 祖先はオオカミ大の陸の獣

クジラの祖先は5000万年ほど前、今のパキスタンあたりの陸を歩いていた、パキケトゥスという体長1〜2メートルの四足の獣です。四本の足はしっかり働き、長い口先と柔軟な首、太い尾を持っていました。
クジラの仲間だと分かった決め手は、クジラ類にしかない耳の骨の構造でした。
いま生きている動物でクジラに最も近い親戚は、魚でもアシカでもなくカバです。ただしカバは祖先ではなく、両者は別々に水中の暮らしへ適応していきました。
11. イルカはクジラの一種

イルカは分類のうえではクジラの仲間で、ハクジラ類のうち小型の種を指す通称です。学術的な定義はなく、日本では体長4メートルほどを目安に呼び分ける慣習があるだけです。
体長4メートルを超えるシロイルカは、イルカ科ですらないイッカク科に入りますが、和名はシロイルカです。逆に体長8メートル以上になるシャチは、分類のうえではマイルカ科、つまりイルカの科に入ります。
12. ホッキョククジラの長寿

ホッキョククジラは哺乳類で最も長寿とされています。眼球の水晶体の成分を使った推定では211歳という報告がありますが、誤差は前後35年ほどと大きく、この手法の精度には異論もあります。より新しい研究では、最高齢を145.7歳とするものもあります。
2007年には、1880年ごろ製造の銛の先端が体内から見つかった例もあり、この個体自体は推定115〜130歳とみられています。
長生きの仕組みは、老化研究の対象になっています。
※「銛(もり)」は、クジラなどを捕らえるために投げる漁具です
出典:アラスカ州の野生生物管理局などの研究チーム(Canadian Journal of Zoology・1999年)
13. オスの歌に流行がある

ザトウクジラは繁殖期に、オスだけが複雑な歌を歌います。同じ個体群のオスは同じ歌を共有し、毎年少しずつ変えていきます。
1990年代には、オーストラリア東岸の個体群の歌が、西岸の歌にごく短い期間で完全に置き換わる「歌の革命」が報告されました。
南太平洋では歌がほぼ一方向に伝わり、オーストラリア東岸からニューカレドニア、トンガを経て仏領ポリネシアまで、約2年かけて広がります。クジラ自体が移動するのではなく、歌だけが伝わっていきます。
出典:クイーンズランド大学などの研究チーム(Nature・2000年、Current Biology・2011年)
14. 死骸が深海の生態系になる

クジラの死骸が深海に沈むと、そこに独自の生態系ができます。軟らかい部分は数か月から2年ほどで消えますが、骨は分解しにくく、大型のもの1頭で50年から100年も生物を養います。
北太平洋では、1つの鯨骨が1世紀のあいだに40種以上、およそ12,500個体を養った例が報告されています。
骨に群がるホネクイハナムシ、通称ゾンビワームは口も胃も持ちません。酸を出して骨を溶かし、体内の共生細菌に分解させて栄養を得ています。
出典:スクリップス海洋研究所などの研究チーム(Proceedings of the Royal Society B・2013年)
まとめ
クジラの体は、大きさに合わせた仕組みでできていました。舌だけで3トン近くある一方、車一台分と言われた心臓は実測199.5キロで、思い込みのほうが大きかったことになります。
牙や頭部、耳あかのように、体の一部がそのまま感覚器や記録装置として働く例も見てきました。
そして陸を歩いていた祖先から、200年近い寿命、死んだあとに深海を支える骨まで、クジラの話は時間の幅がとても広いです。海を眺める機会があれば、その下の世界も少し想像してみてください。
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更新日:2026年9月8日(火) 08:48

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