エッフェル塔は、もともと20年で取り壊される予定だったことをご存じでしょうか。夏にはわずかに背が伸び、夜の写真には著作権があるなど、見た目からは想像しにくい話がたくさんあります。
1889年のパリ万博に合わせて建てられたこの塔は、完成前に文化人から猛反対を受けました。それが今では、世界中から人が訪れるパリの象徴です。
そんなエッフェル塔にまつわる雑学を12個ご紹介します。研究にもとづく項目には出典を添えています。
塔が形になるまでの話
エッフェル塔は、1人の技術者がひらめいて建てた塔ではありません。まずは、形が決まって完成するまでの意外な裏話から見ていきましょう。
1. 塔の形を考えたのは部下

エッフェル塔の最初のスケッチを描いたのは、エッフェル本人ではありません。1884年、会社の技師ケクランとヌーギエが、4本の脚が上でまとまる鉄塔の案を描きました。
エッフェルは当初この案を美しくないと感じたものの、手直しを重ねて特許権を買い取ります。建設を率いたのはエッフェルで、塔には彼の名前が付きました。
出典:スイス連邦外務省
2. 文化人がこぞって大反対

1887年、パリの新聞に芸術家たちの抗議文が載りました。作家のモーパッサンらが名を連ね、建設中の塔を「無用で醜悪」と非難したのです。
モーパッサンが「塔が見えない唯一の場所だから」と塔で毎日昼食をとった話も有名です。ただ、もとは別人のジョークだったとする調査があります。
※モーパッサンが塔を嫌っていたこと自体は、本人の著作で確かめられます
出典:エッフェル塔公式サイト/Quote Investigator(2020年)
3. 自由の女神の中身も彼の作

ニューヨークの自由の女神は、外側の像をフランスの彫刻家バルトルディが手がけましたが、その内側で像を支える鉄の骨組みを設計したのがエッフェルです。
骨組みは橋を支える柱のように組まれ、強い海風にも耐える作りになっています。パリとニューヨークの象徴は、中身が同じ人の設計なのです。
出典:エッフェル子孫協会公式サイト/ブリタニカ百科事典
鉄の塔のからだと数字
ここからは、高さや色、材料の鉄にまつわる話です。鉄でできた塔は、気温や時代に合わせて少しずつ姿を変えてきました。
4. 暑い日に伸びるのは数mm

鉄は温まると伸びるため、夏の塔は冬より少しだけ高くなります。ネットでは「15cm伸びる」とも言われますが、公式サイトによると熱で伸びる量は数mmほどです。
むしろ目立つのは横の動きで、晴れた日は日が当たる側の鉄が伸びて頂上が反対側へ傾きます。そのため頂上は、1日で直径約15cmの円を描くように動きます。
※伸びる量を十数cmとする解説もあり、数字には幅があります
出典:エッフェル塔公式サイト
5. 高さはアンテナで変わる

完成した1889年のエッフェル塔の高さは旗ざおを含めて約312mでした。その後、頂上に放送用のアンテナが取り付けられ、交換のたびに高さが変わってきました。
これまでに高さが変わったのは5回で、今の330mという高さはデジタルラジオ用のアンテナが付けられた2022年からのものになります。
※アンテナを含めるかどうかで、資料によって高さの数字が異なります
出典:エッフェル塔公式サイト
6. 7年ごとに塗り直す鉄の塔

エッフェル塔は、さびから鉄を守るために平均で約7年ごとに塗り直されてきました。1回に使うペンキは約60tで、今も多くの職人がはけで手塗りしています。
これまでの塗り直しは20回にのぼり、色も何度か変わりました。赤や黄色のグラデーションを経て、2024年の五輪に向けて1907年に選ばれた黄褐色に戻されています。
出典:エッフェル塔公式サイト
7. 五輪メダルに塔のかけら

2024年のパリ五輪とパラリンピックのメダルには、エッフェル塔の鉄が埋め込まれています。使われたのは、過去の改修工事で外された塔の部材です。
鉄は1個あたり18gで、六角形に加工されてメダルの中央に収まっています。メダルは全部で5,084個作られ、表彰台に立った選手はみな塔のかけらを持ち帰りました。
出典:パリ市/国際オリンピック委員会(2024年)
塔をめぐる騒動と事件
130年以上の歴史の中で、塔は取り壊しの危機や騒動に何度も巻き込まれてきました。最後に、塔をめぐる事件や論争を紹介します。
8. 20年で壊される予定だった

エッフェル塔は、フランス革命100周年を記念した1889年のパリ万博に合わせて建てられました。土地を使えるのは20年だけで、期限後は取り壊される可能性が高かったのです。
塔を救ったのは、高さを生かした無線通信でした。軍事的な価値が認められ、1910年に使用期限が70年延びます。第一次世界大戦中には、ドイツ軍の通信を傍受する役目も担ったと言われています。
※「傍受(ぼうじゅ)」は、他人の通信をこっそり受信することです
出典:エッフェル塔公式サイト
9. 塔をくず鉄として売った男

1925年、詐欺師のヴィクトール・ルスティグは役人を名乗り、くず鉄業者たちに塔の売却話を持ちかけたとされます。そして落札したと信じた業者から、大金をだまし取りました。
同じ手口をもう1度試したという話もあります。ただ、もとになったのは捜査官の回想録や本人の自慢話で、細部には不確かな点も残ります。
10. 夜景の写真には著作権

エッフェル塔の建物そのものは、著作権の保護期間がすでに切れています。ところが夜のライトアップ、なかでも毎正時に5分間きらめく電球の演出は、作品として守られているのです。
観光客が個人で撮って楽しむのは自由です。ただし広告など商用で使う場合は運営会社の事前の許可が必要で、料金がかかることもあります。
※「毎正時」は、毎時0分ちょうどのことです
出典:エッフェル塔公式サイト
11. ヒトラーも登れなかった塔

1940年、パリを占領したヒトラーは短い時間で街を見て回り、塔を背にした記念写真を撮りました。ところがこのとき塔のエレベーターは使えず、ヒトラーは上に登っていません。
フランス側がケーブルを切っていたためとされますが、方法や実行者には諸説あります。1944年にはヒトラーがパリの破壊を命じたものの、司令官が従わなかったとみられ塔は残りました。
12. 刻まれた72人は全員男性

第1展望台の外側には、フランスの科学者72人の名前が刻まれています。ところが女性は1人もおらず、塔の設計に役立つ理論を残した数学者ソフィー・ジェルマンの名前もありません。
2026年、パリ市は女性科学者72人の候補を発表し、そこにはジェルマンも含まれています。審査で認められれば、今の名前の真上に並ぶ予定です。
※名前を刻む時期は、まだ決まっていません
出典:パリ市(2026年)
まとめ
エッフェル塔は、万博のために建てられた期間限定の塔でした。形の原案は部下の技師が描き、完成前には文化人から猛反対を受け、20年後には取り壊される予定だったのです。それでも無線通信の役目を得て生き残り、今ではパリを代表する建物になりました。
鉄の塔は、今も約7年ごとに塗り直されながら、日差しを受けて頂上が少しずつ動いています。夜の輝きには著作権があり、五輪のメダルにはその鉄が使われました。女性科学者の名前を刻む計画も進んでおり、塔の歴史はこれからも書き加えられていきそうです。
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更新日:2026年9月26日(土) 10:14

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