空海の雑学12選!両手両足と口で5本の筆を同時に操る

「弘法にも筆の誤り」ということわざで知られる空海は、平安時代の初めに唐へ渡って密教を学び、日本に真言宗を開いた僧侶です。

書の達人としても名高く、土木工事や教育など幅広い分野で才能を発揮した万能の人物として、今も数多くの逸話や伝説が全国に語り継がれています。

その活躍ぶりはあまりに人間離れしているためか、時に神様のようにあがめられることも少なくありません。

そんな空海にまつわる雑学を12個ご紹介します。

1. 空海という名は自称だった

空海という名は自称だった
空海という名は本人がつけたものとされ、修行した室戸岬の御厨人窟という洞窟から見えた空と海に由来すると伝えられています。

若い頃の著作『三教指帰』には、修行のさなかに明星が輝いて現れたと記されており、これが名前の背景にあるという見方もあるようです。

2. 記憶力を鍛える100万回の荒行

記憶力を鍛える100万回の荒行
空海は虚空蔵求聞持法という記憶力を鍛える修行に挑んだと伝わり、これは真言という短い呪文を1日に1万回、100日かけて計100万回も唱え続けるものです。

この気の遠くなるような過酷な鍛錬こそが、後の並外れた知識と記憶力を支えた土台になったといわれています。

3. 2年で密教を極めた天才

2年で密教を極めた天才
空海は本来20年の予定で唐へ留学しましたが、才能を伸ばし、わずか2年ほどで学ぶべきものを終えて日本へ帰国してしまいました。

当時第一級の高僧だった師の恵果は初対面でその非凡さを見抜き、密教のすべてを惜しみなく授けて自分の後継者に選んだと伝えられています。

4. 弘法にも筆の誤りの真相

弘法にも筆の誤りの真相
「弘法にも筆の誤り」の由来は、空海が応天門に掲げる額の「應」の字の点をうっかり書き忘れてしまった話とされています。

額を掲げた後にその誤りに気づき、下から筆を投げ上げて見事に点を打ち足したという逸話が、平安時代の説話集『今昔物語集』に残されています。

5. 5本の筆で書いた五筆和尚

5本の筆で書いた五筆和尚
空海には、その筆さばきの見事さを物語る五筆和尚という伝説が残されています。

唐の宮中に招かれた際、両手と両足、さらには口にも筆をくわえて5本を同時にあやつり、五行からなる詩を一気に書き上げてみせたと伝えられ、その神業ぶりが大きな評判になったそうです。

6. 満濃池を3か月で直した話

満濃池を3か月で直した話
大雨で堤が決壊した日本最大級のため池「満濃池」を、空海がわずか約3か月ほどで見事に修復したと伝わっています。

水の勢いを受け流すためにアーチのように弧を描く堤を築いたともいわれ、当時としては群を抜いた土木や設計の知識をうかがわせる話になっています。

7. 最澄との友情が途切れた理由

最澄との友情が途切れた理由
空海と最澄は元は親しい間柄でしたが、最澄が学びのために求めた経典「理趣釈経」の貸し出しを、空海が断ったと伝わっています。

さらに最澄の高弟であった泰範までもが空海のもとにとどまってしまったため、2人の長年の交流はやがて完全に途絶えてしまいました。

8. 弘法大師は死後の贈り名

弘法大師は死後の贈り名
「弘法大師」という呼び名は、実は空海の死後86年もたった921年になって、醍醐天皇から特別に贈られた諡号という称号です。

大師号を最初に授けられた第1号は生前ライバルでもあった最澄で、空海はそれよりさらに55年ほども遅れてこの名誉を贈られたことになります。

9. 今も生き続ける入定信仰

今も生き続ける入定信仰
空海は亡くなったのではなく、高野山の奥の院で今も静かに瞑想を続けているとする入定信仰が伝えられています。

そのため実に約1200年もの長いあいだ、毎日欠かさず1日2回の食事を届ける「生身供」という儀式が、今日まで途切れることなく大切に続けられているのです。

10. 全国に5000件の空海伝説

全国に5000件の空海伝説
空海にまつわる言い伝えは日本各地に残っており、その数は全国でおよそ5000件にものぼるといわれています。

なかでも、空海が持つ杖を地面に突き立てると清らかな水が湧き出したという「弘法水」の伝説だけを数えても、約1500か所にのぼるというから驚かされます。

11. 讃岐うどんを伝えた説

讃岐うどんを伝えた説
香川の名物として親しまれる讃岐うどんは、若き日の空海が唐から作り方を学んで持ち帰り、故郷の人々に伝えたという説が語られることがあります。

ただし、それを裏づける記録は残されておらず、数ある言い伝えのうちの1つとして、今も楽しまれている話にすぎません。

12. 温泉の開湯伝説のからくり

温泉の開湯伝説のからくり
日本各地の温泉に残る「弘法大師の開湯」という言い伝えは、その多くが後世になって作られたものだという見方があります。

全国を巡った高野聖と呼ばれる僧たちが、師である空海の名を借りて温泉に権威づけをしたのが始まりだという説も、あわせて伝えられています。

更新日:2026年7月20日(月) 09:53

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