古来、日本の朝廷に仕えた「陰陽師」は、天体を観察して暦を作り、吉凶を占い、災いを払う儀式を行う専門家でした。
神秘的な術者というイメージが強い一方で、その実像は現代の小説や映画で描かれたものとひと味違う部分も少なくありません。
安倍晴明の知られざる逸話から、陰陽師という職業の意外な歴史まで、そんな陰陽師にまつわる雑学を11個ご紹介します。
1. 陰陽師の本業は役人

陰陽師は神秘的な術者のイメージが強いですが、実際は律令制のもとで設けられた朝廷の役所「陰陽寮」に属する、国家の官人でした。
天体を観測して暦を作ることを中心に、日時の吉凶を占ったり災いを払う儀式を行ったりと、国の運営を幅広く支える実務を担っていました。
2. 規定を超えた異例の昇進

安倍晴明が歴史の表舞台に登場するのは50代以降で、晩年には陰陽寮の官人に定められた上限の位「従五位下」を超え、「従四位下」まで昇り詰めました。
暦作りや占術の腕が積み重なるごとに認められ、陰陽師という枠を超えるほどの信頼を朝廷から得た証だといえます。
3. 晴明の母は白狐だった

安倍晴明の母は白狐だったという「葛の葉伝説」が、室町時代ごろから広く語られるようになりました。
猟師に追われた白狐が人間の女性に化けて晴明を産み、正体がばれると美しい歌を残して森へと帰ったとされる物語で、晴明の不思議な力の由来として語り継がれています。
4. 凶の方角は泊まりで回避

平安時代の貴族は、陰陽師に「その方角は凶」と告げられると、別の方向に一晩泊まってから出発する「方違え(かたたがえ)」を行いました。
遠回りでも厭わずに従うほど、陰陽師の占いは平安貴族の日常生活のあらゆる場面に深く組み込まれていたことがうかがえます。
5. 凶日には家に籠もる物忌み

陰陽師が「この日は凶です」と告げると、貴族は「物忌み(ものいみ)」として家に閉じこもり、外部との接触をしばらく断ってしまうことがありました。
外出を控えるだけでなく、訪問客を門前で帰すほど徹底した場合もあり、貴族の日常生活に深く影響していました。
6. 式神は小説が生んだイメージ

式神(しきがみ)というと紙の人形に宿った霊のイメージが広く知られていますが、これは夢枕獏の小説などの現代の創作によって広まったものです。
本来「式」は陰陽道で用いた占いの道具「式盤」に由来するとされており、紙が原型という語源は確認されていません。
7. 没後わずか2年で神社に

安倍晴明が1005年に亡くなると、わずか2年後の1007年に花山法皇(かざんほうおう)の命で現在の晴明神社の前身が京都に創建されました。
生前の功績をたたえてこれほど素早く神格化されたことは、晴明がいかに当時の貴族たちから深く崇められていたかを示しています。
8. 子孫が江戸時代まで暦を支配

安倍晴明の子孫である土御門(つちみかど)家は、江戸時代に全国の陰陽師を統括する権限と暦の制作・頒布の権利を掌握しました。
陰陽師の開祖の系譜が千年近くにわたって日本の時間の管理を担い続けたことは、晴明の影響力がいかに大きかったかを物語っています。
9. 明治の禁令で一夜にして失業

1870年(明治3年)、明治政府は「天社禁止令(てんしゃきんしれい)」を発布し、陰陽道を迷信として公式に禁じました。
それまで土御門家のもとで全国に広がっていた陰陽師たちは身分と権利を一夜にして奪われ、1000年以上続いてきた職業が事実上消滅したのです。
10. 雨乞いも病気封じも担った

陰陽師の仕事は吉凶の占いだけにとどまらず、旱魃(かんばつ)の際の雨乞いや、天皇・貴族の病気平癒を祈る祈祷なども担っていました。
天文・暦・占術の知識を組み合わせて自然現象を読み解く専門家として、国と宮廷の安全を守る幅広い役割を担っていたようです。
11. 五芒星に込められた五行の意味

安倍晴明の家紋・五芒星は「晴明桔梗紋」とも呼ばれ、陰陽五行説の木・火・土・金・水の5つの要素を表すとされます。
邪悪なものを封じる護符としても伝えられてきた模様で、現在は晴明神社のシンボルマークや御守りにも使われ、多くの人々に親しまれています。
更新日:2026年6月29日(月) 12:07

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