アントニ・ガウディは、19世紀から20世紀にかけて活躍したスペインの建築家です。
サグラダ・ファミリアをはじめ、曲線を多用した独創的なデザインで知られ、その作品の多くが世界遺産に登録されています。
自然の造形からヒントを得た唯一無二の建築スタイルは、当時の常識を覆すものでした。
天才と称される一方、その生涯や人物像には意外な事実も数多く残されています。
そんなガウディにまつわる雑学を11個ご紹介します。
1. サグラダの二代目建築家

世界的に有名なサグラダ・ファミリアですが、じつは最初の設計者はガウディではなく、別の建築家でした。
意見の食い違いから前任者が早くに辞め、二代目として引き継いだガウディが、長い年月をかけて、今へつながる独創的で美しい姿の土台を築いたと言われています。
2. 成績はあまり良くなかった

後の世で天才と呼ばれることになるガウディですが、若いころの学校での成績は、決して良いとは言えなかったようです。
建築の専門学校でも評価は大きく分かれ、卒業式のときに校長が、天才か変人のどちらかだろうと語ったという有名な逸話まで残っているほどでした。
3. 若いころは洒落者だった

晩年の質素な姿で知られるガウディですが、若いころはむしろ、身なりにとても気を配るおしゃれな青年だったようです。
仕立ての良い服を身につけ、高級なレストランや観劇、社交の場にも足を運ぶような、流行に敏感で華やかな暮らしを送っていたと伝えられています。
4. 晩年は身なりを構わず

おしゃれだった若いころとは打って変わり、年を重ねたガウディは、服装をほとんど気にしなくなったようです。
サグラダ・ファミリアの仕事に深くのめり込むうちに、見た目を整えることよりも、信仰と建築そのものを大切にする、静かで質素な日々へ移っていったようです。
5. 図面より模型で考えた

多くの建築家とは違い、ガウディは細かい設計図を、あまりきちんと描かなかったと言われています。
糸に小さな重りを下げて自然な曲線を確かめるなど、独自の模型や実験を使いながら、頭に思い描いた複雑な形を立体で確かめていく方法を、好んで取り入れていたようです。
6. 自然をまねた美しい曲線

ガウディの建物には、人工的なまっすぐの線よりも、自然を思わせるやわらかな曲線がたくさん使われています。
木の枝や貝殻、生き物の骨の形などをよく観察し、自然がもつ理にかなった巧みな仕組みを設計に取り入れることを、何よりも大切にしていたと言われています。
7. 生涯を独身で過ごした人

建築にすべてをささげたガウディは、結婚をすることなく、生涯を独身のまま過ごしました。
若いころに心を寄せた相手はいたとも伝わりますが、その思いは実らず、晩年はサグラダ・ファミリアの建築と静かな信仰に、人生のほとんどをささげていったと言われています。
8. 貧しい人を支えた施主

ガウディの陰には、グエルという、芸術をとてもよく理解してくれる裕福なお金持ちの心強い後ろ盾がいました。
お金の心配をあまりせずに、思いきった大胆で独創的な作品へ何度も挑むことができたのは、その支援者が長くそばで支え続けてくれたおかげだと言われています。
9. 断食で死にかけた話

信仰にとてもあつかったガウディは、四旬節という節制の期間に、断食をやりすぎてしまったことがありました。
食事をほとんど取らないまま無理を重ねて体をひどく弱らせ、まわりが本気で心配するほど、命があやうくなってしまったことさえあったと、今に伝えられています。
10. 警察に捕まった過去あり

ガウディは、自分が生まれ育ったカタルーニャの言葉や文化を、とても大切に思い続けた立場の人でした。
あるとき公の式典で、その信念を曲げずに堂々と貫こうとしたために、当局と激しくぶつかり、警察に捕まって連行されてしまったことがあったと言われています。
11. 袖の裏にメモした逸話

よいアイデアをふと思いつくと、ガウディはそれをその場で書き留めずにはいられない人だったようです。手近に紙が見当たらないときには、なんと着ていたシャツの袖の裏にメモを取ったという逸話まで残っているほど、仕事や創作に熱心な人物だったと伝えられています。
更新日:2026年6月15日(月) 09:55

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