戦国時代を代表する武将の1人、前田利家。
加賀100万石の礎を築いた名将として有名ですが、実は若い頃は不良少年のようだったり、極端な倹約家だったりと、教科書には載っていない意外な素顔がたくさんあります。
今回は、ドラマやゲームでも人気の高い前田利家について、思わず誰かに話したくなるような面白い雑学や逸話を厳選して15個ご紹介します。
1. 若き日は不良少年のかぶき者

織田信長に仕え始めた若い頃の前田利家は、派手な着物を身にまとい異風な髪型で街を闊歩する傾奇者として、とても有名でした。
その奇抜な振る舞いはまるで不良少年のようであり、周囲の者たちから恐れられつつも独自の強い存在感を放つ若武者だったのです。
2. 異名は槍の又左

前田利家は槍の扱いに非常に長けており、激しい戦場では全長6メートルを超える特注の長い槍を自在に振り回して大活躍しました。
その凄まじい武勇と幼名である又左衛門から、敵味方を問わず槍の又左と呼ばれて恐れられるほどの圧倒的な強さを誇った戦士だったのです。
3. 信長を怒らせてクビになった

信長の愛刀の付属品を盗んだ茶坊主を決して許すことができず、信長の御前であるにもかかわらず、その者を斬り殺してしまいます。
この重大な規律違反の行動に信長は激怒し、利家は出仕停止という重い処分を受け、織田家をクビになり浪人生活へと転落しました。
4. 自力で就職活動を果たした

浪人となった利家は処分を解いてもらうため、桶狭間の戦いや森部の戦いに無断で参加し、自らの命を懸けて最前線で奮闘しました。
敵の有力武将の首を取るという見事な功績を挙げることで、信長に実力を認めさせて自力で織田家への見事な復帰を果たしたのです。
5. 妻のまつとは12歳で結婚

利家の正室であるまつは従兄妹という関係にあり、まつがわずか12歳という若さの時に、2人は夫婦の契りを結ぶことになります。
当時の戦国時代の基準から見てもこの年齢での結婚はかなり早熟な部類に入り、2人は幼い頃から共に仲良く歩んでいくことになりました。
6. 子だくさんで夫婦円満

利家とまつの間には2男9女の合計11人の子供が誕生し、戦国時代でも特に夫婦仲が良好な理想的な夫婦であったとされています。
側室との子供を含めると人数はさらに多くなり、一族の子孫繁栄に大きく貢献して、前田家という大名の確固たる基盤を立派に固めました。
7. 身長180cmを超える大男

平均身長は150センチ台でしたが、利家は180から182センチほどもある立派な体格の武将であったと現在推測されています。
この時代においては並外れた長身の大男であり、重い槍を軽々と扱うことのできる非常に恵まれた高い身体能力の持ち主であったと言えます。
8. 豊臣秀吉とは長年の大親友

利家と秀吉は織田家で足軽として働いていた時代から家が隣同士であり、身分を超えて家族ぐるみで非常に深い付き合いをしていました。
妻のまつやねねを交えて親しく交流し、お互いに出世して秀吉が天下人となってからも、生涯にわたり固い友情で結ばれていたのです。
9. そろばんを持ち歩く倹約家

戦国武将としては非常に珍しく数字や計算に明るい人物であり、陣中にもそろばんを持参して細かな計算を欠かしませんでした。
兵糧の管理や金銭の出入りなど経済面に気を配り、無駄遣いを嫌う堅実な倹約家としての意外な一面を持っていたと伝えられています。
10. お金への執着は浪人時代のトラウマ

利家がお金に細かくなった理由は、織田家を追放されて苦しかった浪人時代の強烈なトラウマにあると言い伝えられています。
誰からもお金を貸してもらえず、妻の髪飾りまで売って飢えをしのいだ悲惨な苦労が、彼を極端な倹約家へと変えてしまったのです。
11. 甥の前田慶次とは犬猿の仲

漫画などの影響で有名な前田慶次は利家の甥にあたりますが、二人は性格の不一致から非常に折り合いが悪かったと伝えられています。
真面目な利家と自由奔放な慶次は反りが合わず、慶次が利家を騙して冷たい水風呂に入れたという有名な逸話が残されているのです。
12. 前田家を守るための政略結婚

利家は数多くの娘たちを豊臣家や有力大名に嫁がせることで、前田家の政治的な結びつきを戦略的に大きく強化していきました。
血縁関係を通じて強力な同盟を結び、激動の時代で一族を安全に守り抜くための盤石な基盤をしっかりと整えることに見事成功したのです。
13. 徳川家康が最も恐れた男

豊臣政権において利家は最高幹部である5大老の1人に数えられていました。
家中での人望も非常に厚く、豊臣家を守るための強力な存在として君臨していました。
そのため天下を虎視眈々と狙う家康にとって利家は最も厄介で恐ろしい最大のストッパーだったのです。
14. 死の直前まで家康暗殺を計画

病に倒れ余命わずかとなった際、見舞いの家康を刺し殺そうと密かに試みました。
布団の下に抜き身の刀を隠し、相討ち覚悟で暗殺計画を企てていたのです。
しかし家康が警戒したため暗殺は実行されず、未遂で終わったという恐ろしい伝説が現在も語り継がれます。
15. 加賀100万石の祖、本人は83万石

前田利家は加賀藩100万石という領地の礎を築き上げた偉大な大名として有名です。
しかし、存命中の石高は最大でも約83万石に留まっており大台には届きませんでした。
100万石という規模に到達したのは、跡を継いだ息子の前田利長の代になってからです。
更新日:2026年3月18日(水) 10:09

黒田官兵衛に関する豆知識
明智光秀に関する豆知識
坂本龍馬に関する豆知識
武田信玄に関する豆知識
ナポレオンに関する豆知識
上杉謙信に関する豆知識
黒田官兵衛に関する豆知識