防災の日の雑学15選!関東大震災ではなく伊勢湾台風

9月1日は防災の日です。

この日になると避難訓練や備蓄の話を耳にしますが、そもそもなぜ9月1日なのか、制定の直接のきっかけは何だったのかまではあまり知られていません。

関東大震災で何が人の命を奪ったのか、緊急地震速報がどうしても間に合わない場所があるのはなぜか、そして家庭では何から手をつければいいのか。

そんな防災の日にまつわる雑学を15個ご紹介します。

公的機関の資料にもとづく項目には出典を添えています。

9月1日に刻まれた記憶

まずは、9月1日という日付そのものにまつわる話から見ていきます。

この日が選ばれた理由も、そこで何が起きたのかも、思っていたのとは少し違うかもしれません。

1. きっかけは伊勢湾台風

きっかけは伊勢湾台風

防災の日が生まれた直接のきっかけは、関東大震災ではなく伊勢湾台風でした。

1959年9月26日のこの台風は、全半壊・流失家屋15万3893戸、浸水家屋36万3611戸、死者4700人、行方不明401人、負傷者3万8917人という戦後最大の被害を出し、翌1960年の閣議了解で防災の日が定められました。

では、日付が9月1日なのはなぜかというと、関東大震災の発生日であり暦の上で二百十日にあたって台風シーズンを迎える時期だからです。

※「二百十日(にひゃくとおか)」は立春から数えて210日目にあたる日です

出典:東京消防庁(防災の日と二百十日)

2. 犠牲の9割は火によるもの

犠牲の9割は火によるもの

関東大震災の死者・行方不明者は約10万5000人とされ、そのうち約9万人が火災によるものと推計されています。

割合にすると、犠牲になった方の約9割は揺れそのものではなく火で亡くなったことになります。

地震の被害というと建物の倒壊を思い浮かべがちですが、この震災に関しては揺れがおさまったあとに広がった火のほうがはるかに多くの命を奪いました。

防災の日に火の話が繰り返し出てくるのには、こうした背景があります。

出典:内閣府(令和5年版 防災白書)

3. 広い空き地で起きた惨事

広い空き地で起きた惨事

避難先として多くの人が集まった本所の被服廠跡では、約3万8000人が亡くなりました。

周辺で亡くなって運び込まれた方を含めると、最終的に約4万人の遺体がこの場所で火葬されています。

原因は火災旋風で、最大風速70m/秒と推定される旋風もありました。

東京市内で発生した火災旋風は総数およそ110にのぼります。

火が渦を巻いて立ち上がるこの現象は、どんな条件でどう生まれるのかが今も完全には解明されていません。

※「被服廠(ひふくしょう)跡」は陸軍の被服工場があった跡地で、当時は広い空き地でした

出典:内閣府(広報ぼうさい 関東大震災から100年)/防災科学技術研究所

4. 風向きが変わり続けた日

風向きが変わり続けた日

1923年9月1日、金沢の西の海上、つまり日本海に弱い台風がありました。

火災が発生した時間帯には風速10mを超える強い風が吹き、しかも南風から西風、北風、そして再び南風へと風向きが変わり続けたのです。

風上と風下が入れ替わるたびに火は新しい方向へ伸び、延焼範囲を広げていきました。

二百十日は荒れやすいという昔からの言い伝えが、よりによって的中してしまった日でもありました。

出典:気象庁/内閣府(広報ぼうさい)

5. ホラ吹きと呼ばれた学者

ホラ吹きと呼ばれた学者

1905年、地震学者の今村明恒が雑誌に東京の大地震への備えを説く文章を発表しました。

ところが新聞がこれを「大地震襲来説」と煽ったため世情が動揺し、上司にあたる大森房吉は「学理上根拠無きもの」と反論します。

今村はその後も世間から「ホラ吹き」と中傷され続けました。

震災が現実になったのは18年後のことです。

震災のあと、病を得た大森が海外から帰国したとき、横浜港まで出迎えたのは今村だったと伝えられています。

出典:東京大学地震研究所

6. 保険金が出なかった震災

保険金が出なかった震災

関東大震災の当時、火災保険の約款には地震に起因する火災は補償の対象外だと明記されており、保険金は支払われませんでした。

支払いを期待していた契約者の不満は社会問題にまで発展し、業界は保険金額の1割を見舞金として支払うと決め、その原資を政府から借り入れて充てています。

日本で地震保険の制度ができるのはさらに後のことで、1964年の新潟地震をきっかけに1966年に創設されました。

※「約款(やっかん)」は契約の細かい条件を定めた文書のことです

出典:財務省(地震保険について)/東京海上日動(社史)

地震を測る技術のしくみ

ここからは、地震や津波をとらえる技術の話です。

数字やしくみの成り立ちを知ると、ニュースで流れてくる情報の見え方が少し変わってきます。

7. 速報が間に合わない場所

速報が間に合わない場所

緊急地震速報は、地震で先に伝わるP波と、遅れて届くけれど揺れの強いS波の速度差を利用しています。

P波は秒速約7km、S波は秒速約4kmで、この差が速報の猶予を生むしくみです。

裏を返せば、震源に近い場所ほど二つの波の到着がほとんど重なってしまいます。

気象庁自身も、震源に近いところへは強い揺れの到達に原理的に間に合わないと明記しています。

速報は万能の予知ではなく、距離があるほど効く技術なのです。

出典:気象庁(緊急地震速報のしくみ)

8. 震度は人が決めていた

震度は人が決めていた

日本の震度は、1996年4月までは気象台の職員が体感と周囲の被害状況をもとに判定していました。

同じ年の4月から計測震度計による観測へ移り、さらに10月には震度5と6がそれぞれ弱と強に分けられて、現在の10階級になりました。

もう少しさかのぼると、震度7が新設されたのは1949年のことです。

家屋の倒壊率が非常に高い地区が出た1948年の福井地震を踏まえて設けられました。

※4月の計測震度計への移行と、10月の階級の細分化は別の変更です

出典:気象庁(震度階級の変遷)

9. 軽いものほど浮いてくる

軽いものほど浮いてくる

液状化という現象が世界から注目されるようになったのは、1964年の新潟地震でした。

鉄筋コンクリートの建物が壊れも崩れもせず、そのまま丸ごと傾いてしまったからです。

地面が水を含んだ泥のようにゆるむため、重い建物は沈みこんでいきます。

その一方で、中が空洞のマンホールのような軽いものは浮力で押し上げられ、地上へ浮き上がってきます。

重いものが沈み、軽いものが出てくるという、直感に反した光景が広がるわけです。

出典:国土交通省(液状化Q&A/1964年新潟地震の事例)

10. 震度では測れない揺れ

震度では測れない揺れ

2023年2月1日から、緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級が加わりました。

階級3以上を予想した場合にも速報が出ます。

長周期地震動は、高層ビルの上層階が長い時間ゆっくりと大きく揺れる現象です。

震源から数百km離れた場所でも起こることがあり、足元で感じる震度の数字が小さくても、高いところでは危険が生じます。

震度だけでは測りきれない揺れがあることが、この基準の追加に表れています。

出典:気象庁(緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級を追加)

11. 浅瀬でも走って逃げ切れない

浅瀬でも走って逃げ切れない

津波の速さは水深に比例します。

水深5000mでは時速約800km、水深500mでは時速約250km、水深100mでは時速約110km、そして水深10mでも時速約36kmです。

浅くなるほど遅くはなりますが、時速36kmは人が走って逃げ切れる速さではありません。

沖では飛行機のような速さで進み、岸へ近づいて大きく減速したあとでも、姿を見てから走り出したのでは間に合わない、ということになります。

出典:気象庁(津波防災マニュアル)

今日から始められる備え

最後は、家の中でできることに目を向けます。

どれも大がかりな準備はいりませんが、知っているかどうかで差が出てくる部分です。

12. 地震火災の主役は電気

地震火災の主役は電気

原因が特定された地震火災のうち、最も多いのは電気によるものです。

阪神・淡路大震災では139件の地震火災のうち電気火災が85件で約6割、東日本大震災では108件のうち58件で約5割強を占めました。

停電が復旧したときに出火する通電火災を防ぐため、避難するときにブレーカーを落とすことがすすめられているのは、この数字が背景にあります。

※分母は全火災ではなく、原因が調べられた地震火災の件数です

出典:内閣府(大規模地震時における火災の発生状況)

13. けがの多くは家具のせい

けがの多くは家具のせい

東京消防庁が近年の地震被害を調べたところ、負傷者の3割から5割が、屋内の家具類の転倒・落下・移動によってけがをしていました。

揺れそのものより、部屋の中で動いたものが人を傷つけているわけです。

ところが、家具や家電を固定して転倒や落下を防いでいる人は35.9%にとどまっています。

対策が知られていないというより、後回しにされやすい種類の備えなのかもしれません。

※35.9%は内閣府「防災に関する世論調査」の令和4年(2022年)調査の数値です

出典:東京消防庁(地震から命を守る家具転倒対策)/内閣府(防災に関する世論調査 令和4年調査)

14. 毎月1日と15日は練習日

毎月1日と15日は練習日

災害用伝言ダイヤル171は、災害のときだけのものではありません。

毎月1日と15日の0時から24時までは体験利用ができます。

ほかにも、8月30日9時から9月5日17時までの防災週間、正月三が日、1月15日9時から1月21日17時までの防災とボランティア週間が体験利用日です。

録音は1件30秒まで、蓄積できる伝言は1つの電話番号につき20件までとなっています。

使い方は、いざというときより落ち着いた日に確かめておくほうが確実です。

出典:NTT東日本(災害用伝言ダイヤル171 体験利用のご案内)

15. 見落とされがちなトイレ

見落とされがちなトイレ

備蓄というと水や食料に目が向きますが、見落とされやすいのがトイレです。

人が1日にトイレへ行く回数は平均5回とされ、食べる量を減らしても出るものは出ます。

東日本大震災では、仮設トイレが避難所に行き渡るまで3日以内だったと答えた自治体はわずか34%で、最も日数を要した自治体では65日かかりました。

水や食料を3日分そろえていても、その間のトイレをどうするかまで考えている家庭は多くないかもしれません。

※この調査は、被災した岩手・宮城・福島の29自治体を対象に行われたものです

出典:内閣府(避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン)

まとめ

防災の日が生まれたきっかけは伊勢湾台風でしたが、日付が9月1日なのは関東大震災と二百十日という別の理由からでした。

その関東大震災では、犠牲になった方の約9割が火によるものと推計されています。

そして今も、原因の分かった地震火災の多くには電気が関わっています。

100年前の火と、今日の家のブレーカーが、一本の線でつながっているわけです。

防災の日は、何かを新しく始める日というより、家の中を一度見回してみる日なのかもしれません。

今年は火の元と家具のあたりから眺めてみてはいかがでしょうか。

更新日:2026年8月30日(日) 10:59

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