鈴虫の雑学12選!声が高すぎて電話では聞こえない
秋の夜にリーンリーンと響く鈴虫の声は、日本の秋を代表する音のひとつです。けれど、あの音がどこから出ているのか、どんな暮らしをしている虫なのかまで考えることは、あまりないかもしれません。
調べてみると、声が高すぎて電話では届かなかったり、共食いを防ぐためにかつお節を与えられていたり、昔は松虫と呼び名が逆だったという説が出てきたりします。
そんな鈴虫にまつわる雑学を12個ご紹介します。研究にもとづく項目には出典を添えています。
鳴き声と聴覚のしくみ
まずは、あの音そのものの話から始めます。鈴虫がどうやって鳴らし、どうやって聞いているのかを見ていきましょう。
1. 翅をこすって出す音色
鈴虫のリーンという声は鈴を振るような響きですが、実際は翅をこすり合わせて出しています。右の前翅の裏にはヤスリのような細かい溝が並んでいて、そこへもう一方の前翅にある突起を引っかけ、素早くこすり合わせます。
翅の中ほどには発音鏡と呼ばれる薄い膜の部分があり、これが共鳴板の役割をして音を大きくします。1回鳴く間に、前翅を40回以上も往復させているとも言われます。
セミが腹の膜を震わせて鳴くのに対して、鈴虫は弦楽器に近い鳴らし方をしているわけです。
※「前翅(ぜんし)」は、外側にある一対の翅のことです
2. 電話では届かない高い声
鈴虫の声は、およそ4500ヘルツというとても高い音です。一方、固定電話が伝えられる音の範囲は300から3400ヘルツほどに絞られています。
人の話し声を届けるには十分でも、鈴虫の声はこの範囲から外れてしまうため、電話越しではほとんど聞き取れないと説明されます。国立国会図書館のレファレンス事例でも、周波数の差から説明が組み立てられていて、実際に試した記録は見つかっていないようです。
近年は通話の音質が上がってきたので、条件によっては聞こえることもあります。
出典:国立国会図書館レファレンス協同データベース、小野測器(周波数計測)
3. 耳は前脚のスネにある
鈴虫の頭には、耳らしきものが見当たりません。音を聞き取る器官は前脚にあり、スネにあたる脛節の部分に鼓膜がついています。
ここでオスの鳴き声をとらえ、メスは声のするほうへ近づいていきます。キリギリスやコオロギの仲間に共通する体のつくりで、脚を少し開いたり向きを変えたりすることで、音の来る方向をつかんでいると考えられています。
歩くための脚が、そのまま集音器を兼ねているわけです。
※「脛節(けいせつ)」は、昆虫の脚のスネにあたる部分です
声の主はしたたかな虫
澄んだ音色から想像すると、鈴虫は繊細な虫に思えます。ところが暮らしぶりを覗いてみると、なかなかたくましい一面が見えてきます。
4. きれいな声でけんかもする
鈴虫の鳴き声は、いつも同じではありません。メスを呼ぶための誘い鳴きと、ほかのオスを追い払うための威嚇の声があり、場面によって鳴き分けています。
近くで別のオスの声が聞こえると、わざわざ近づいていって争いになることもあります。狭い容器にオスをたくさん入れると翅や脚を傷つけ合うことがあるため、飼うときは数を控えめにするのがよいとされます。
澄んだ音色の裏側では、なわばりをめぐるやり取りが続いているようです。
5. かつお節は共食い対策
鈴虫を飼うときは、キュウリやナスと一緒に煮干しやかつお節を入れるとよいとされます。これは栄養を補うためだけでなく、共食いを防ぐ意味もあります。
鈴虫は植物だけを食べているわけではなく、動物性のたんぱく質も必要とする虫です。それが足りないと、弱った個体や、脱皮した直後でまだ体がやわらかい個体が食べられてしまうことがあります。
健康な相手どうしが襲い合うわけではありませんが、餌の偏りが思わぬ結果につながるのです。
6. 鳴ける時間は2か月ほど
鈴虫は1年に一世代の虫で、秋に産みつけられた卵はそのまま土の中で冬を越します。孵化するのは5月下旬から6月上旬ごろ。6回から7回ほど脱皮をくり返して、7月下旬から8月にかけて成虫になります。
成虫でいられるのはおよそ2か月から3か月で、野外の個体は10月の初めごろにはほとんど姿を消してしまいます。体長は17ミリから25ミリほど。
秋の風物詩と言われながら、鳴いていられる時間は思いのほか短いのです。
日本人と鈴虫の長い関係
鈴虫の声は、古くから日本の暮らしのなかに入り込んできました。呼び名や歌、商売の記録をたどってみます。
7. 鈴虫と松虫の名前の混乱
江戸時代後期の随筆『甲子夜話』には、京と江戸で鈴虫と松虫の呼び名が入れ替わっている、という記録が残されています。同じ虫でも、地域によって呼び方が違っていたわけです。
さらにさかのぼって、平安時代には今と逆の呼び名だったのではないか、とする説もあります。『源氏物語』の鈴虫の巻に出てくる鈴虫も、実は今でいう松虫を指していたのではないか、というわけです。
この説には再検討を促す論考もあり、決着がついた話ではありません。
※『甲子夜話』(かっしやわ)は、江戸後期の大名・松浦静山による随筆です
8. 唱歌の歌詞が直された話
鈴虫は、唱歌「虫のこえ」にも登場します。この歌が世に出たのは1910年の『尋常小学読本唱歌』でした。
ところが1932年の『新訂尋常小学唱歌』で、2番の歌詞にあった「きりぎりす」が「こほろぎや」に書き改められます。理由は、昔の言葉で「きりぎりす」がコオロギを指していたためとされます。
歌に添えられた鳴き声と、いま呼ばれている虫の名前がずれてしまったので、名前のほうを合わせ直した形です。
9. 虫売りを始めたおでん屋
江戸の町には、鈴虫や松虫を売り歩く虫売りという商売がありました。その始まりは寛政年間、神田でおでん屋を営んでいた忠蔵という人物だと伝えられます。
根岸で捕った鈴虫を本業の片手間に売っていたところ評判となり、やがて瓶に入れた土へ卵を産ませ、室内で温めて野生より早く成虫に育てる工夫を思いつきます。季節に先んじて出せる鈴虫は高値で売れ、大きな利益になったといいます。
当時は道灌山や飛鳥山へ虫の音を聴きに出かける、虫聴きという行楽も親しまれていました。
10. 一年中鳴いている京都の寺
京都市西京区の華厳寺は、鈴虫寺の名で親しまれています。1723年の創建で、8代目の住職が鈴虫の音色に心を打たれ、季節を問わず鳴かせられないかと飼育の研究を始めました。
卵の管理や温度の調整を重ねた結果、いまでは年間およそ5万匹を育て、常に1万匹前後を成虫の状態に保っているとされます。おかげで真冬に訪れても、堂内には鈴虫の声が響いています。
自然の季節を人の手でずらし続けている、めずらしいお寺です。
出典:京都市公式「京都観光Navi」
11. 左脳で聞く説のその後
日本人は虫の音を、言葉と同じように左脳で聞いている。そんな話を耳にしたことがあるかもしれません。
これは角田忠信が1978年の著書『日本人の脳』で唱えた説で、この本は30万部を超えるベストセラーになりました。
ただし用いられた測定の手法は国際的に広く認められたものではなく、ほかの研究者が確かめても同じ結果は再現されていません。現在この説を支持する脳科学者はほとんどいないとされ、読み物として広まった説という位置づけになっています。
出典:角田忠信『日本人の脳』(大修館書店、1978年)
12. 北限の生息地から消えた声
秋田県五城目町には、鈴虫が群れて生息する場所があり、日本における北限として知られていました。その価値が認められ、1960年に秋田県の天然記念物に指定されます。
ところが平成に入ったころから鳴き声が聞こえなくなり、確認できないまま2020年に指定が解除されました。原因ははっきりしていません。
町内にはすずむしクラブといった名前が今も残っていて、かつてそこに声があったことを伝えています。
まとめ
鈴虫のリーンという音が翅をこすって出されていること、その声が高すぎて電話では届きにくいこと、そして呼び名や飼い方をめぐって人の手が深く関わってきたこと。
調べていて印象に残ったのは、鈴虫が自然の風物詩でありながら、ずいぶん人に近い虫でもあるという点でした。江戸の虫売りは季節を先取りし、京都の寺は一年中鳴かせ続け、その一方で北限の生息地からは声が消えました。
今年の秋にどこかで鈴虫の声を聞いたら、あれは翅をこすっている音なのだと思い出してみてください。