ストーンヘンジの雑学12選!カーテンのついでに衝動買いされた
イギリス南部の草原に、巨大な石がぐるりと環を描いて立ち並ぶストーンヘンジ。
世界遺産としても知られていますが、誰が、何のために、どうやってこれほどの石を組み上げたのかは、今もはっきりとは分かっていません。
それでも近年の研究によって、石の産地が思いがけない遠方だと判明したり、かつては観光客が石を削って土産に持ち帰っていたりと、意外な横顔が次々に見えてきました。
そんなストーンヘンジにまつわる雑学を12個ご紹介します。
1. 祭壇石はスコットランド産
ストーンヘンジの中心に横たわる祭壇石は、100年ほどの間ずっとウェールズ産だと考えられてきました。
ところが2024年にネイチャー誌へ載った研究で、約750km離れたスコットランド北東部の石だと分かり、重さ約6トンの石をどう運んだのかは今も分かっていません。
2. ブルーストーンの長い旅
ストーンヘンジには、外側の巨石よりひとまわり小さなブルーストーンが、全部で約42個あるといわれています。
これらはウェールズ南西部のプレセリ丘陵から約250kmもの長い道のりを運ばれてきたと考えられていて、1個あたりの重さは1から4トンほどにもなるそうです。
3. 別の環状列石を移した説
ウェールズには、ウォーン・マウンと呼ばれる大きな環状列石の跡が今も残されています。
この列石をいったんすべて解体し、石をストーンヘンジまで運び直したのではないか、という説が2021年に発表されましたが、学説としてはまだ決着がついていないとみられています。
4. 魔術師マーリンの伝説
12世紀の年代記『ブリタニア列王史』には、魔術師マーリンがはるかアイルランドから巨人の踊りと呼ばれる環状列石を魔法の力で運んだ、という話が記されています。
著者はジェフリー・オブ・モンマスという人物で、当時はこうした物語として語り継がれていたようです。
5. ドルイド起源説は年代違い
ストーンヘンジはドルイドが作ったという話は今も根強く語られていますが、実際には年代が合わないと指摘されています。
遺跡がほぼ完成したのは紀元前2500年ごろとされ、鉄器時代の神官であるドルイドが活動した時代とは、1000年以上もの大きな開きがあるためです。
※この説は、17世紀から18世紀の好古家ジョン・オーブリーやウィリアム・ステュークリの推測が広まったものとされています。
6. ブリテン最大級の火葬墓地
ストーンヘンジは、ブリテン最大級とされる後期新石器時代の火葬墓地としての一面も持っています。
紀元前3000年から2800年ごろにかけて、溝やオーブリー・ホールと呼ばれる56基の穴に火葬した骨が埋葬され、500年以上にわたって使われ続けたと考えられています。
7. 建設者たちの冬のごちそう
建設に関わった人々は、少し離れたダーリントン・ウォールズという大きな集落に暮らしていたとみられます。
出土した骨は豚が牛の約10倍にのぼり、生後9か月ほどで屠殺された跡が冬至の時期に集中していることから、真冬に豚を大量に焼いて食べていたようなのです。
8. ノミを借りて石を削る観光
18世紀から19世紀ごろにこの地を訪れた観光客は、現地でノミを貸し出してもらうことができました。
石を自分の手で削り、そのかけらを土産として持ち帰るのが当たり前だったそうで、1900年になってようやく地主のエドムンド・アントロバスがこれを禁止しています。
9. 競売で衝動買いされた遺跡
1915年9月に開かれたオークションで、地元の弁護士だったセシル・チャブが6600ポンドという値でストーンヘンジを競り落としました。
妻から買い物を頼まれていたのは実はカーテンだったと言われていて、なんとも思いがけない大きな買い物になってしまったようです。
10. 寄贈で准男爵になった男
思いがけずストーンヘンジの持ち主となったチャブは、それから3年後の1918年に、この広大な遺跡を惜しげもなく国へ寄贈しました。
遺跡をみんなのものとして未来へ残したその功績が高く評価され、初代ストーンヘンジ准男爵という爵位を授けられることになったのです。
11. 石を起こし直した近代工事
今ストーンヘンジに立っている石の多くは、実は20世紀に入ってから人の手で起こし直されたものです。
この起こし直しの作業は1901年から1964年にかけて何度かに分けて行われ、倒れてしまわないようにコンクリートで根元を固定された石も少なくないとされています。
12. 60年ぶりに戻った石の芯
1958年に行われた修復工事のとき、58番石には穴が開けられ、直径約25mmほどの細長い芯が抜き取られていました。
作業員だったロバート・フィリップスがこれを記念として持ち帰りアメリカへ渡りましたが、およそ60年後の2018年になってようやく遺跡へ返還されています。