幕末の風雲児、坂本龍馬。日本の夜明けを導いた英雄としてあまりにも有名ですが、実は教科書には載っていない意外な素顔をご存知ですか?
日本初の新婚旅行を楽しんだ愛妻家の一面や、ブーツを履きこなすファッションリーダーとしての姿、さらにはちょっと怪しい都市伝説まで。
今回は、そんな龍馬の知られざるエピソードを10個厳選しました。
1. 暗殺の真犯人は誰か?

慶応3年、近江屋で何者かに襲撃され命を落とした龍馬ですが、実行犯は京都見廻組の佐々木只三郎という説が有力です。
しかし、誰が指令を出した黒幕なのかは薩摩藩陰謀説や紀州藩報復説など諸説あり、今もなお歴史の大きな謎として議論が続いています。
2. 日本初の新婚旅行

寺田屋事件で負った傷を癒やすため、妻のお龍を連れて薩摩の霧島温泉などを訪れた旅は、日本初の新婚旅行と言われています。
西郷隆盛の勧めもありましたが、当時としては非常に珍しい夫婦同伴の長旅で、二人は高千穂峰にも登り仲睦まじく過ごしました。
3. 実は武器商人(死の商人)

龍馬は理想家のイメージが強いですが、亀山社中を通じて大量の銃や蒸気船を長州藩に仲介するなど、武器商人としての一面も持っていました。
幕府と戦うための軍事力を提供し利益を得ていたことから、現代的な視点では死の商人と評されることもあります。
4. 薩長同盟の仲介料

犬猿の仲だった薩摩と長州の手を組ませた歴史的偉業の裏には、実は海援隊のビジネスチャンスもしっかりと計算されていました。
薩摩名義で長州に武器を流し、見返りに長州の米を薩摩へ送るという取引を成立させ、仲介料として組織の運営資金を得ていたのです。
5. 海援隊のブラック体質

海援隊は日本初の株式会社とされますが、その実態は脱藩浪士などの荒くれ者が集まる集団で、規律を守らせるのに龍馬も苦労したようです。
給料は完全歩合制に近く、危険な航海や戦闘任務も多かったため、現代の基準で言えばかなりのブラック企業でした。
6. 身長は当時の日本人離れしていた

江戸時代末期の成人男性の平均身長は155センチ程度でしたが、龍馬は173センチから180センチ近くあったと言われています。
現存する紋付のサイズや写真の立ち姿からも大男であったことが推測され、当時の日本人としては驚くべき巨漢だったのです。
7. 愛用のピストル

刀だけでなくピストルを携帯していた龍馬は、高杉晋作から贈られたスミス&ウェッソンを愛用し、寺田屋事件では実際に発砲して窮地を脱しました。
新しい物好きで合理的だった彼は、護身用として最新の武器を常に懐に忍ばせ、時代の先端を歩いていたのです。
8. 姉・乙女への手紙

龍馬は非常に筆まめで、現存する手紙の多くは故郷の姉である乙女に宛てたものであり、ユーモラスなイラスト入りで近況を報告していました。
日本の洗濯をしたいという有名な言葉もこの手紙に残されており、飾らない文面から彼の人柄を知ることができます。
9. ブーツを履いた理由

紋付袴にブーツという独特のスタイルは龍馬の代名詞ですが、これはサイドゴアブーツと呼ばれるもので、着脱がしやすく実用性を重視したためです。
ぬかるんだ道でも歩きやすく、いつでも走り出せる機能美を愛した彼は、ファッションでも常識に縛られませんでした。
10. フリーメイソン説がある

龍馬を支援した武器商人グラバーがフリーメイソンの会員だったことから、龍馬もそのメンバーだったのではないかという都市伝説が存在します。
懐に手を入れる写真のポーズが秘密結社の合図だとも噂されますが、確実な証拠はなく歴史のロマンとして語られています。
更新日:2026年2月16日(月) 04:46

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