建国記念の日に関する豆知識
2月11日は「建国記念の日」です。
この祝日が来ると「ああ、お休みだ」と嬉しくなりますが、そもそもなぜ2月11日なのか、ご存知でしょうか。
実は、法律上の名前が「建国記念日」ではなく「建国記念の日」となっているのには、深い理由と歴史的な背景があります。
今回は、意外と知られていない建国記念の日の由来や、誰かに話したくなる雑学を厳選して10個ご紹介します。
1. 「建国記念日」ではなく「建国記念の日」
法律上の正式名称には「の」が入りますが、これは史実としての建国日が確定していないため、建国という事象そのものを祝う意味が込められています。
特定の日付ではなく国を愛する心を養う日とするため、あえて助詞を入れて制定された経緯があります。
2. なぜ、2月11日なのか
日本神話に登場する初代天皇の神武天皇が即位したとされる旧暦の紀元前660年1月1日を、現在の太陽暦に換算した日付がこの2月11日になります。
明治時代に当時の学者が計算して定めたもので、日本の歴史と神話が交差する重要な節目として選ばれました。
3. 実は数日ズレている
旧暦の元日を新暦に直すと2月11日になりますが、明治時代に行われた推算にはわずかな誤差が含まれており、現代の天文学では数日ズレると言われています。
当時の知識で導き出された日付がそのまま定着しましたが、暦の計算ロジックには歴史的なロマンがあります。
4. 昔は「紀元節(きげんせつ)」と呼ばれていた
明治時代から昭和初期にかけては、この日は紀元節と呼ばれており、国を挙げて盛大に祝う四大節の一つとして当時の国民に親しまれていました。
戦後に一度廃止されましたが、現在の名称に変えて復活したという、複雑な歴史的背景を持っています。
5. 皇居(宮中三殿)で「紀元節祭」 が行われる
政府主催の式典は行われませんが、皇居宮中三殿では毎年この日に、天皇陛下が国家安泰を祈る「紀元節祭の儀」が執り行われています。
歴代天皇や神々に対して感謝を捧げる格式高い宮中祭祀であり、静かですが厳粛に国の始まりが祝われています。
6. GHQによる廃止と復活の歴史
戦後GHQは皇室神道と結びつきが強いとして紀元節を廃止しましたが、国民の間から復活を望む声が高まり、何度も法案提出と廃案が繰り返されました。
長い議論を経て1966年にようやく現在の名称で制定されましたが、そこには多くの人々の熱意がありました。
7. 奈良県「橿原神宮」との深い関係
奈良県にある橿原神宮は神武天皇が即位した場所と伝えられており、建国記念の日には勅使が参向して「紀元祭」が盛大に行われることで知られています。
全国から多くの参拝者が訪れるこの場所は、建国の聖地としてこの日もっとも注目を集めるスポットです。
8. 明治憲法も2月11日に公布された
大日本帝国憲法が発布されたのも1889年の2月11日ですが、これは近代国家としての出発を神武天皇即位の日に重ねて、国の権威を高める意図がありました。
偶然の日付の一致ではなく、新しい国の形を作るにあたって建国の歴史を意識した演出と言えます。
9. 海外には「建国日が不明」な国も多い
日本のように神話に基づいて建国日が定かではない国は珍しいと思われがちですが、イギリスのように憲法や明確な建国日が定まっていない国も実在します。
長い歴史の中で自然に形成された国も多く、建国の定義や祝い方は世界各国で大きく異なっています。
10. 日本は「世界最古の国」としてギネス認定されている
ギネス世界記録において、日本は現存する世界最古の王朝を持つ国として認定されており、神武天皇の即位から2600年以上続いているとされています。
2位のデンマーク王室でも約1000年といわれ、英国などと比較しても長さは圧倒的です。