かき氷の雑学10選!いちごもメロンも中身は同じ
夏の風物詩といえば、ふわりと削られた氷にシロップをかけたかき氷。
実は平安時代の貴族もよく似たものを口にしていて、江戸の将軍のもとへは加賀藩から氷が走って運ばれていました。
お店の軒先にゆれる「氷」の旗にも、ちゃんとした理由が隠れています。
ブルーハワイの正体や、ふわふわ食感の秘密もあわせてお届けします。
身近なようで意外と知らないことばかり。
そんなかき氷にまつわる雑学を10個ご紹介します。
1. 平安貴族が味わった削り氷
『枕草子』は上品なものを表す「あてなるもの」として、削り氷にあまづらをかけて金鋺に盛ったものを挙げています。
あまづらは当時の高級な甘味料で、原料はナツヅタの樹液という説が有力で、奈良女子大学のチームが味を再現したシロップを2023年に商品化しました。
※金鋺は「かなまり」と読み、金属製のお椀のことです。
2. 将軍へ届けた加賀藩の雪氷
加賀藩は氷室の雪氷を旧暦6月1日に切り出して将軍家へ献上し、8人ほどが担ぐ加賀飛脚が約480kmを昼夜走り通しで4日かけて運びました。
到着時にはほとんど溶けていたと伝えられ、庶民は代わりに麦まんじゅうを食べ、これが金沢の氷室饅頭の由来という説もあります。
※氷室は、冬の氷や雪を夏まで保存しておくための穴蔵のことです。
3. 横浜に生まれた氷水の店
1869年に横浜の馬車道で町田房蔵が氷水店を開き、あいすくりんと氷水を売り出しましたが、腹に悪いと敬遠されてなかなか売れなかったと伝えられています。
1862年に中川嘉兵衛が氷水屋を開いていたという説もあり、どれが最初の店かは、はっきりとは分かっていません。
※町田房蔵は房造とも書かれます。あいすくりんは当時のアイスクリームの呼び名です。
4. 海を渡ってきたボストン氷
幕末から明治初期にかけて、日本はアメリカ産のボストン氷を輸入し、箱1つで3〜5両、いまの数十万円相当ともいわれますが換算には諸説あります。
1871年に中川嘉兵衛が函館の五稜郭の堀で約670トンの切り出しに成功し、函館氷が広まって価格は一気に下がりました。
5. 「氷」の旗に隠れた意味
店先でおなじみの「氷」の旗は、明治11年に内務省が定めた「氷製造人並販売人取締規則」で産地表示が義務づけられ、「官許 氷 函館」のように書かれた旗が起源とされています。
営業許可証のような役割を果たしていたといわれ、波と鳥の絵は波千鳥という吉祥文様です。
※官許は役所の許可という意味です。吉祥文様は縁起がよいとされる伝統的な模様のことです。
6. シロップの中身はほぼ同じ
いちごやメロンなど色とりどりのかき氷のシロップですが、ベースはどれも果糖ぶどう糖液糖で、違うのは着色料と香料だけという商品が多くあります。
つまり味の違いは色と香りから来る思い込みによる部分が大きいわけですが、果汁が入っている例外の商品もあります。
7. ブルーハワイは何味なのか
夏の定番であるブルーハワイですが、実のところ何味なのかはメーカーごとにバラバラで、これといった決まりはありません。
名前はカクテルのブルーハワイに由来するという説が有力で、青色1号という合成着色料が使われているため、食べたあとに舌が青く染まります。
8. ふわふわに削るためのコツ
冷凍庫から出したての氷はかたく締まって割れやすく、薄く削ることができないため、少し温めてやわらかくしてから機械にかけています。
その氷にカンナで木を削るように薄く刃を当てることで、口に入れた瞬間にすっと溶ける、あのふわふわの食感が生まれるのです。
9. 数少ない天然氷の蔵元
冬の寒さで自然に凍らせる天然氷の蔵元は、数え方により差がありますが全国に5〜7軒ほどとされ、うち3軒が栃木県日光市の松月氷室、三ツ星氷室、四代目徳次郎です。
埼玉県秩父市の阿左美冷蔵は1890年創業で、1993年にかき氷専門店を開き、ブームの火付け役といわれます。
※蔵元は、ここでは天然氷をつくって出荷している事業者のことです。
10. 白熊と名づけられた理由
鹿児島の天文館むじゃきで1947年頃に考案されたとされる白熊は、練乳をかけて色とりどりの果物をのせた、南国らしいかき氷です。
名前の由来は上から見た顔がシロクマに似ていたからという説のほか、使っていた練乳缶のシロクマのラベルから取ったという説もあります。