お月見の雑学12選!子どもが盗んでいい夜がある
夜空に浮かぶ月を眺めながら、団子やススキを供えて秋の実りに感謝するお月見。
毎年なんとなく楽しんでいる行事ですが、その中身をあらためてのぞいてみると、名月と満月が2日もずれる年がある理由や、子どもが供え物を盗んでもよいとされる地域の風習など、あまり知られていない話がたくさん隠れています。
月のうさぎに見立てられる模様も、国によってまったく違うのだそうです。
そんなお月見にまつわる雑学を12個ご紹介します。
1. 名月は満月とは限らない
お月見で親しまれる中秋の名月は、いつも満月になるとは限らず、2026年は十五夜が9月25日なのに満月は9月27日と2日ずれています。
名月を旧暦15日目の夜と決めていることに加え、新月から満月までの日数が13.9日から15.6日ほどまで変動することが理由とされています。
2. 貴族は水面の月を愛でた
平安時代の貴族は、夜空を見上げるだけでなく、池に船を浮かべて水面にゆらめく月や、盃に注いだ酒に映る月を趣深いものとして愛でたとされています。
当時の月見は詩歌を詠み、管絃を奏でて過ごす優雅な宴で、静かに月を眺める現在の姿とは様子が違っていたようです。
※「管絃(かんげん)」は笛や琴などによる合奏のことです
3. 団子とススキは新しい
月見団子を家庭で用意して月に供える習慣が庶民に広まったのは、江戸時代の中ごろ以降だと言われています。
ススキを飾る風習も江戸期には武蔵野や江戸から東北にかけての地域的なものとされ、全国に広まったのは明治以降と考えられ、定番のセットは意外に新しいのです。
4. 片月見は遊里の口実か
十五夜と十三夜のどちらか片方しか月を見ないことは片月見と呼ばれ、縁起が悪いという言い伝えが残されています。
ただしこれは、江戸の遊里で客にもう一度足を運ばせ、二度散財させる口実として使われたとも言われ、商売上の事情から広まった可能性も指摘されています。
※「遊里(ゆうり)」は江戸時代の遊興のための町のことです
5. 盗んでもいい夜がある
十五夜の夜だけは子どもが他人の家のお供え物を盗んでもよいという、お月見どろぼうという風習が愛知や三重、福島、宮崎、奈良、岐阜など一部に今も残ります。
子どもは月からの使者と考えられていたため、供え物が盗まれるほどその家は縁起がよいとされていたそうです。
6. うさぎは火に飛び込んだ
月にうさぎがいるとされる由来には、旅人に差し出す食べ物を用意できなかったうさぎが、自分の身を食べてもらおうと火の中へ飛び込んだという説話があります。
その姿に心を打たれた帝釈天が、うさぎの行いを永く伝えるために月へと写し取ったと語り継がれています。
※「帝釈天(たいしゃくてん)」は仏教の守護神です
7. 中国では薬を搗いている
月のうさぎが搗いているものは国によって異なり、中国では餅ではなく不老不死の薬を搗いていると考えられてきました。
日本で餅つきをする姿の絵が広く定着したのは1700年代前半ごろと推定されており、意外にも江戸時代の中ごろになってからのことだとみられています。
※「搗く(つく)」は臼と杵で打つことです
8. 模様はワニにも見える
月の表面の模様が何に見えるかは、国や地域によってずいぶん違うと言われています。
南ヨーロッパではカニ、南米ではワニ、アラビア半島ではライオン、東ヨーロッパや北米では横顔の女性に見立てられるなど、同じ月を見上げていても思い浮かぶ姿はさまざまなようです。
9. 十三夜は日本独自の月見
旧暦9月13日の夜に月を眺める十三夜という風習は、中国から伝わったものではなく日本で生まれたものとされています。
里芋を供える十五夜が芋名月と呼ばれるのに対し、十三夜は栗名月や豆名月と呼ばれ、起源は平安時代の醍醐天皇や宇多法皇にあるなど諸説あります。
10. 団子は地域で全然違う
月見団子と聞くと白くて丸いものを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、その形や味は地域によって大きく異なります。
関西では里芋に似せたしずく型にあんこを巻き、名古屋ではういろうの三色、静岡ではへそ餅、沖縄では甘くない塩味のふちゃぎが親しまれています。
※「ふちゃぎ」は小豆をまぶした沖縄の餅菓子です
11. 月見バーガーは卵が先
秋の定番として知られるようになった月見バーガーが登場したのは1991年のことで、実は月ではなく卵から発想された商品だと言われています。
卵が安定して仕入れられる秋向けの商品として開発が進められ、その黄身を満月に見立てて後から月見と名付けられたそうです。
12. 月餅に隠された密書伝説
中国のお月見に欠かせない月餅には、8月15日に決起せよという密書を中に隠し、元王朝への蜂起を人々に伝えたという伝説があります。
ただしこの話は元の末期や明の初めの史料には見当たらず、清の末期以降に広まったものとみられ、後世の創作という見方が有力です。