エリザベス一世に関する豆知識

イギリスの歴史上で最も有名な女王の1人であるエリザベス1世は、彼女の統治時代は黄金期と呼ばれ華やかなイメージがありますが、実はその裏には知られざる姿がたくさん隠されています。

真っ白な化粧の秘密や、お風呂に月に1回しか入らなかったという衝撃的なエピソードまで、彼女の意外な雑学を12個ご紹介します。

1. 生涯独身を貫いた「処女王」

彼女は「国家と結婚した」と宣言して生涯にわたり独身を貫き通しましたが、これは外国の干渉を防ぐための高度な政治戦略でした。

各国の有力な王族との結婚を外交カードとして巧みに利用し、激動の時代においてイギリスの確固たる独立と平和を力強く守り抜きました。

2. 鉛と酢で作られた「真っ白な化粧」

当時流行していた色白の肌を作るために、鉛白と酢を混ぜた有毒な化粧品を愛用し、結果として彼女の地肌はボロボロになりました。

その荒れた肌を隠すためにさらに分厚い化粧を重ねるという悪循環に陥り、晩年は素顔を見せることを極端に恐れていたそうです。

3. 虫歯で歯が真っ黒だった

当時は非常に高価で富の象徴であった砂糖をふんだんに使った甘いお菓子が大好物で、深刻な虫歯になり歯が真っ黒に染まりました。

この痛々しい状態さえも豊かな富の証として捉えられ、当時の民衆の間では彼女を真似てわざと歯を黒く塗る奇妙な流行まで生まれました。

4. 80個以上のカツラを所有していた

若い頃に感染した天然痘の後遺症による薄毛や加齢に伴う白髪を隠すため、彼女は80個以上もの豪華なカツラを所有していました。

特に彼女の本来の髪色である燃えるような赤毛のカツラは大流行し、当時の宮廷貴族たちの間で最も華やかなトレンドとなりました。

5. 海賊を公認して国を豊かにした

フランシス・ドレークなどの海賊に許可証を与えて私掠船として公認し、敵国スペインの船を襲撃させて莫大な富を奪い取りました。

彼らが命がけで持ち帰った金銀財宝はイギリスの国庫を大きく潤し、彼女はドレークに対して最高の栄誉である騎士号を授けました。

6. スペイン無敵艦隊(アルマダ)を撃破した

1588年に当時ヨーロッパ最強と恐れられたスペインの無敵艦隊を迎え撃ち、巧みな戦術と荒天の助けもあり見事に打ち破りました。

この歴史的な勝利によって大国スペインの脅威を退け、イギリスが強力な海洋国家として覇権を握るための基礎を築きました。

7. 七カ国語を操る超インテリだった

幼少期から最高峰の教育環境で育った彼女は語学の才能に恵まれ、英語に加えてラテン語やフランス語など七カ国語を流暢に操りました。

この卓越した語学力は政治の場でも発揮され、複雑な外交交渉においても通訳を介さず自らの言葉で直接やり取りを行いました。

8. アメリカの「バージニア州」の名前の由来

北米大陸への探検や植民地支配を積極的に推進し、探検家ウォルター・ローリーに命じて新しい豊かな土地を開拓させました。

その際に発見された広大な領土は彼女の異名である処女王(バージン・クイーン)にちなんでバージニアと名付けられ、現在の州名の由来となりました。

9. お風呂に入るのは月に1回だけだった

当時のヨーロッパでは水浴びは毛穴を開かせて病原菌を招き入れると信じられ、彼女が入浴するのは月に1回程度の頻度でした。

そのため強烈な体臭を隠す必要があり、香りの強い香水を大量に浴びるように使用して宮廷内の不快な匂いをごまかしていたそうです。

10. シェイクスピアたちの熱心なパトロン

自身も演劇や文学を深く愛好していた彼女は、シェイクスピアなどの才能ある劇作家や芸術家を経済的に手厚く保護しました。

彼女の治世下で宮廷を中心に豊かな文化が花開き、イギリス・ルネサンスの黄金期と呼ばれる数多くの歴史的な傑作が誕生しました。

11. 肖像画をプロパガンダにした

自らの老いや肉体的な衰えを国民に決して見せないため、晩年の肖像画は若々しく神々しい理想の姿で描くよう厳しく統制しました。

「若さのマスク」と呼ばれる美化された特定の顔のパターンが使い回され、国家の強力な指導者としての威厳を視覚的にアピールしました。

12. 首元の巨大なひだ襟を流行させた

彼女の肖像画に描かれている車輪のような巨大な白いひだ襟は「ラフ」と呼ばれ、女王の権威を象徴する特別なファッションでした。

彼女がこれを着用して威厳を誇示したことでイギリス中の貴族たちに瞬く間に広まり、時代が進むにつれてさらに巨大化していきました。

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