アイザック・ニュートンに関する豆知識
アイザック・ニュートンは、17世紀から18世紀にかけて活躍したイギリスの科学者です。
リンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したという逸話はあまりにも有名で、微積分法の考案や光の性質の解明など、近代科学の礎を築いた人物として広く知られています。
天才的な功績の一方で、その私生活や意外な一面はあまり知られていません。そんなニュートンにまつわる雑学を10個ご紹介します。
1. リンゴが教えた万有引力
1687年に刊行された著書『プリンキピア』で、ニュートンは万有引力の法則を数学的に証明しました。
リンゴが落ちるのを見てひらめいたというエピソードは現在も広く知られており、天体から身近な物体まであらゆる引力を一つの法則で説明したことは科学史上の大革命です。
2. 少年時代は落ちこぼれ
ニュートンは少年時代、学業成績がクラスでほぼ最下位だったと伝えられています。
ところがある日、成績上位のいじめっ子への強い悔しさから猛勉強して相手を追い抜いたことが学問への情熱に火をつけ、その後の驚異的な知的成長への大きな出発点になったといわれています。
3. 猫のためにドアを発明
ニュートンは研究中に猫が部屋を自由に出入りできるよう、壁に小さな穴をあけてフラップ付きの扉を取り付けたと伝えられています。
これが現代の「猫用ドア」の起源とされており、大発明家が日常の不便をその機転で解消したユニークなエピソードとして親しまれています。
4. 錬金術に魅せられた天才
ニュートンは物理学や数学の巨人として知られる一方で、生涯にわたって錬金術の研究にも深くのめり込んでいました。
卑金属を黄金に変える方法を探し求めた膨大な錬金術ノートが残されており、その膨大な研究量は科学論文をはるかに上回るほどだったといわれています。
5. 造幣局長として偽札と戦う
1696年、ニュートンはイングランド造幣局の監査官に任命され、その後局長へと昇進しました。
当時広く横行していた貨幣偽造を厳しく取り締まり、偽札犯を自ら尋問して死刑に追い込んだケースもあるなど、天才科学者とは思えないほど精力的にその職務を果たしました。
6. 孤独で怒りっぽい天才
ニュートンは気難しく怒りっぽい性格で知られ、生涯を通じてほとんど友人を持たなかったといわれています。
ライバルのライプニッツやフックとは激しく対立し、批判されると相手を徹底的につぶそうとするほど執念深く、その孤独な気質は晩年まで続いたとされています。
7. 目に針を刺した光の実験
ニュートンは光と色の関係を調べるため、自分の目の裏側を細い針で押して色の変化を観察するという、命がけの危険な実験を行ったと記録されています。
この壮絶な自己実験は視覚に関する真剣な探求心から生まれたもので、科学への異常なほどの情熱を物語っています。
8. 南海泡沫事件で大損失
1720年に起きた南海泡沫事件で、ニュートンは株式投資に大きく失敗し、当時の金額で莫大な損失を被ったと伝えられています。
天才的な頭脳を持つ彼も市場の熱狂には勝てず、「天体の動きは計算できるが、人間の狂気は計算できない」という言葉を残したとされています。
9. 議員として残した一言
ニュートンは1689年から1690年にかけてケンブリッジ大学の代表として国会議員を務めましたが、在任中に発した言葉はたった一言だったと伝えられています。
その内容は「窓を閉めてください」というものだったとされており、科学者の政治家としての一面を示す逸話です。
10. ライバルの肖像画を抹消
ニュートンは王立協会の会長に就任した後、ライバルのロバート・フックの肖像画を協会から撤去させたといわれています。
フックとは光の性質や万有引力の発見における優先権をめぐって激しく争っており、その深い敵意がこの行動に如実に表れているとされています。